東方蒼天葬 弐

□魔界へ一直線
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魔界へ一直線

 早苗が去った後、香霖堂の上空では今も尚千冬とエリザの戦いが続いていた。

「《妙技『零落白夜・波』!!》」

「《屈折『クリスタルシールド』!!》」

 千冬の高密度の魔力弾をエリザのクリスタルが防ぎ、弾の軌道が屈折させられるが、完全に防ぎ切るに至らず魔力の斬撃弾がエリザの頬を僅かに掠める。

「痛っ!……流石に力強い。若さが羨ましいわね」

「若さって……お前私と大して変わらんだろ?」←現在24歳

 エリザの妙に年寄り臭い台詞に思わず突っ込みを入れる千冬だがエリザはにこやかに首を横に振ってみせる。

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。でも今年でもう38なのよ、私」

「え゛ぇ!?」

「隙あり♪」

 絶句する千冬にエリザはすかさず魔力弾を放ち、千冬の顔面にキツイ一撃を見舞う。

「フゲェッ!……き、貴様、せこいぞ!!」

 ヒロインとしてそれはどうなのかと問いたくなる悲鳴を漏らし、千冬は抗議の声を上げる。

「避けられない方が悪いのよ。もう一発!《束縛『ジェイルネット』!!》」

 千冬の抗議を一蹴し、間髪入れずエリザはペンデュラムから糸のみを切り離して千冬を束縛しに掛かる。
即座に迎撃に移る千冬だが魔力が込められた糸は弾幕を蛇の様にすり抜けていく。

「チィッ、何だこの糸は!?……だったら叩っ斬るだけだ!!」

 弾幕による迎撃が無駄と感じた千冬は斬り落とそうと剣を構えて迫り来る8本の内1本の糸目掛けて剣を振り下ろす。

「ふふっ……無駄よ」

 千冬の剣が糸を切断しようと振り下ろされたその刹那、糸は一瞬力が抜けたように動きを止める。
そして刃が触れる瞬間糸はそのまま刃先に絡み付き、刃を伝って千冬の腕に絡みついた。

「グッ…何だと?」

「アナタの剣の切れ味は相当のようだけど、力の流れに沿って上手く糸を動かせば糸へのダメージは抑えられるわ。そして1本でも絡み付けば後は簡単に……」

 エリザが後の言葉を紡ぐ間も無く糸は次々と千冬に絡みつき両腕は後ろ手に、両足を一括りにされる形で縛られていく。

「うぐぅっ!……何だコレは!?」

 振り解こうと身体を捩らせる千冬。しかしもがけばもがく程に糸は深く千冬を縛り上げていく。
その上糸は上手い具合に力が入り辛くなる様に結ばれ、千冬は持ち前の怪力が発揮できず、千冬は瞬く間に無防備状態に陥る。

「流石のブリュンヒルデもそんな状態じゃ形無しね」

「その呼び方はやめろ。自分で自分が滑稽に思えてしまうだろうが」

 エリザの皮肉に千冬は目付きを鋭くして睨みつける。

「あら、ごめんね。それじゃ一思いに一撃で終わらせてあげる《突符『クリスタルトルネード』!!》」

 誠意が篭ってるとは思えない謝罪の直後、エリザは手に持つ全てのクリスタルを操作し、クリスタル同士が繋がるかのように魔力のバリアが展開され、巨大なクリスタルのような形が形成され、直後にそれは千冬目掛けてドリルの如く回転しながら凄まじい勢いで突っ込んでくる。
これを喰らえば千冬といえど無事では済まないのは火を見るより明らかだ。

「……掛かったな!《甲符『零落白夜〈鎧〉』!!》」

 しかし千冬が浮かべたのは焦燥ではなく笑みだった。
直後に千冬の身体が発光し、全身が刃状の魔力の鎧に包まれ、自らを拘束していた糸を全て引き裂いた。

「な!?」

「貰った!!《絶技『〈真〉・零落白夜』!!》」

 驚くエリザを尻目に千冬はその隙を見逃さず、攻撃を回避して一気にエリザとの距離を詰め、零落白夜による剣撃を見舞った。

「うぐぁぁっ!」

「ぶっつけ本番だったが、上手くいったな(……とはいえ、それほど長くは保てないな。もっと練習しなければ)」

 落下して地面に叩きつけられるエリザを見詰めながら、千冬は自身の新スペルを自己評価する。

「さて、私も船の方へ……」

 この時千冬はエリザが落下した地点が僅かだが光った事に気付かなかった。
そしてそれは千冬にとって致命的なミスでもあった。

「!?(まさか、確かに手ごたえはあったのに……)」

 千冬がその場の空気の変化に気付いた時には既に時遅く、千冬の周囲にエリザのクリスタルが瞬く間に配置されていた。

「まだ……やられる訳には、いかないのよ。一輪様の邪魔はさせない……!!

 殴られた顔を押さえもせずにエリザは立ち上がり、千冬目掛けて魔力弾を連射する。

「喰らいなさい!《反符『リフレクトクリスタル』!!》」

 迫り来る凄まじい威力の弾幕、千冬はそれを回避するが魔力弾は千冬ではなくクリスタルに命中し、反射して再度千冬を襲う。
いや、再度と言う表現は少々違う。反射は一度や二度ではなく何度も何度もクリスタルは向きを変え、位置を変えて魔力弾を反射させていく。
反射には際限が無い。終わりがあるとすればそれは千冬に迎撃されるか命中するまで乱反射は続いていく。

「な、何だこのスペルは!?うぐぁ!!」

 魔力弾一発程度であれば千冬も避け続けられるだろうがそれが何重にもなれば話は別だ。
更にエリザは自身が制御可能ギリギリの量の弾幕でオールレンジ攻撃を行っている。しかも自身の体力は完全に無視だ。
文字通り最後の切り札とも言えるスペルを前に千冬は瞬く間に劣勢に追い込まれる。

「負ける、訳には…いか、ない!」

 エリザは流れ落ちる鼻血を気にも掛けず鬼気迫る表情でクリスタルを操り続ける。
リフレクトクリスタル最大の弱点は持続性と脳への負担にある。
このスペルは弾を反射するクリスタルの配置と反射角を常時計算する必要があり、脳に掛かる負担が大きく、そのため、発動時間は短い。
無理をすれば伸ばすことも出来るが代償として酷い頭痛に襲われてしまう諸刃の剣なのだ。
しかも零落白夜のダメージの残る身体で使用すれば当然スペルの維持に掛かる負担は平常時より遥かに大きい。
だが、それでもエリザは攻撃の手を緩めない。

(負けられない……一輪様は、聖蓮船の皆は、死に掛けた私を助けてくれて、会った事も無いあの子の事を気に掛けてくれて……あの人達の恩に報いるためにも、負ける……訳には…………一輪、様…村紗さん……星、さん……ナズ……ちゃん……シャ……ッ…)

「うぐっ!ぐがぁっ!!……く、クソぉ、避けられない…!」

 怒涛のラッシュに千冬はスペルカードを発動する間も無く痛めつけられ続ける。

(だ、ダメだ……やられる……)

 己の倒れる姿をイメージし、千冬は観念するように硬く目を閉じるが……

「……………………ん?」

 しかし想像に反して攻撃はいつまで経っても来ない。
疑問に感じた千冬は恐る恐る目を開く。

「!……これは」

 視線の先には先ほどまで猛威を振るっていたエリザが倒れ付し、自分の周囲に配置されていたクリスタルは地に落ちていた。
元々精神力だけでスペルを維持していたエリザだったが、ココに来てその精神力も底を尽き、素終えるは解除されたのだ。

(恐ろしい相手だった……もしも後一秒でもスペルの発動時間が長かったら確実にやられて相打ちに持ち込まれていた。いや、それ以前に私自身も慢心していたな……)

 自身の戦いぶりを振り返り、異変が解決したら再び自分を鍛え直そうと千冬は密かに決心する。
その後、千冬は霖之助にエリザの身柄を預け、彼を介して永遠亭で彼女の治療を依頼した後、自身は早苗達の後を追って聖蓮船へと向かったのだった。





 その頃、河城重工では……

「よし、今日はとりあえずココまでだ。明日までには訓練メニュー作ってきてやるから覚悟しとけよ」

「ああ!どんな訓練でもやってやるぜ!!」

 一夏の言葉に弾は威勢良く返す。
約1〜2時間程だが一夏は弾に直接指導し、弾の基礎能力を大体把握した。
後は彼の能力に合わせて個人訓練メニューを考えてやるのみだ。

「さてと、そろそろ戻るか……」

「あら、もう帰るの?」

 突然一夏の背後に何の前触れも無く紫が現れる。

「うお!?紫さん……(相変わらず神出鬼没だな、この人)」

「フフ、神出鬼没は私の持ち味の一つよ」

 一夏の心を読んでいるかのように紫はくすくすと笑いながら呟く。

「それはそうと、千冬に伝えておいてくれない?そろそろ頃合だから計画を第二段階に移すってね」

「……了解」

 紫の言葉に一夏は一瞬目を鋭くしたが、直後に平常心を取り戻して了承する。

「ああ、そういえば幻想郷の方で変な異変が起きてるわ。千冬達が今動いてるらしいから、戻るなら早い方が良いわよ」

「んなぁっ!?それ早く言えよ!!」

 当たり前のように異変発生を伝える紫を恨めしげに一睨みし、一夏は脱兎の如く結界へと駆け出していった。
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