東方蒼天葬 弐

□計画と妖獣と陰謀と
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「……うぅ」

 白蓮が目を覚ましたとき、視界に飛び込んできたのは病室の天井だった。
白蓮の乗るベッドの近くに設置された数台の椅子には監視を務める霊夢と魔理沙、そして治療を終えて体の至る所に包帯を巻かれ、絆創膏が張られた星の姿がある。

「聖!?目が覚めたのですね!?」

 白蓮の無事を確認し、星が安堵と喜びの混じった表情を見せ、それを皮切りに村紗や一輪も病室に入ってくる。

「アナタ達、皆無事だったのね?でもどうして此処に?……あら?此処は……」

 自分の居る場所が法界ではなく病室のベッドの上だと気付き、白蓮は今まで法界に居たはずなのにと周囲を見回す。

「あの後、聖と例の二人(千冬と早苗)が聖蓮船の甲板で気を失ってる所を彼女達が救助に来てくれて……」

 村紗が白蓮に大まかな事情を説明する。
法界での戦いが、霊夢達は合流した一夏の能力で魔界への結界を素通りして法界に入り、千冬と早苗を救出。
さらに村紗達の助命嘆願に応じ、白蓮と星を保護して現在地である永遠亭まで運んだのだ。
ちなみに、聖蓮船も村紗のコントロールを受けて回収され、現在は永遠亭の上空に浮かんでいる。
そして、白蓮が治療を受けている際に村紗達は現在の幻想郷と外界の実情と一夏達が外界にて行っている活動と調査を大まかではあるが説明を受けていた。

「では、その一夏という少年が……」

「はい、条件付で私達と彼女達の間を取り持ってくれたんです」

「条件?」

「ええ、助ける代わりにこちら側とキッチリ話し合えと……」

 白蓮の疑問に村紗が答える。しかし、その表情はどこか困惑している様だった。

「……どうかしたのですか?」

「いえ、ただその……彼の外見が……」

「……?」

 村紗の口調は妙に歯切れが悪く、星や一輪達も村紗同様顔を顰めている。
そんな仲間達に白蓮は怪訝な表情を浮かべ、平然としている霊夢と魔理沙に目を向ける。

「まぁ、もうすぐ来るから。会ってみりゃ分かるぜ」

 それだけ言うと魔理沙はドアの方に目を向け、直後に足音が近付いてくる。
やがて病室の前で足音は止まり、扉が音を立てて開く。

「よぉ、気が付いたって聞いたから見舞いも兼ねて来させてもらったぜ」

「!!?」

 扉の先から一夏が姿を見せる。
そしてその姿……性格にはその顔を見た白蓮の表情が固まった。

「……命、蓮?」

 白蓮の脳裏に懐かしい記憶が一気に湧き上がる。
かつて自分の身が若かりし人間であった時代、幼き頃より共に過ごし、自分に法力を伝え、師を極端に恐れる切っ掛けを作った僧侶としての師にして最愛の弟、聖命蓮と同じ顔がそこに在った。

「命蓮…ああ、命蓮っ!」

 湧き上がる懐かしさに何かが決壊したかのように目から涙が溢れ出し、白蓮は疲労の残る身体の事も気にせず、一夏に抱きついた。

「ぬぉぉおっ!?いいい、いきなり何を!!?」

 白蓮の(傍から見て)突拍子も無いその行動に一夏は瞬く間に混乱してしまう。
そしてそんな一夏と白蓮を見て星、村紗、一輪、ナズーリンは「あーあ、やっぱり」と溜息を吐いた。

「どうしたんですか?急に騒がしくなって……え?」

 さらにトラブルはトラブルを呼ぶかのように近くの病室に千冬、エリザと共に入っていた早苗が騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきた。

「oh no……」

 一瞬にして全身が固まった早苗の姿に、この数秒後に起こる修羅場を想像し、魔理沙は右手で顔を覆って頭を振った。

「さ、早苗姉ちゃんっ!?ち、違うんだ!コレは……」

「命蓮、命蓮っ……!!」

「フフ…アハハハハハ!ソコノ僧侶ノ人、一夏君ニ何シテルノカO・HA・NA・SHIシテモライマショウカ?《秘術『グレイソーマタ……」

 そして魔理沙の予想通り、早苗は暴走した……。

「ギャアア!!こんな所でスペルカードなんて出すなぁぁ!!」

 結局この後、一夏達は10分近く掛けて暴走した早苗を止めるのだった……。





 同じ頃、外界のIS学園にて1年1組副担任の山田真耶は、駆け足で学園の校門に向かっていた。
事の切っ掛けは数分前、警備主任の者から自分に客人が来たとの連絡が入り、確認するよう頼まれた事が切っ掛けだ。
最初は自分なんかに客人とは一体誰なのかと不思議に感じはしたものの、客の風貌と「二ッ岩と言えば分かる」という伝言を聞き、客の正体が幼い頃から姉のように慕っている同郷の知人だという事を知り、逸早く彼女に会うべく走っていた。

「マミゾウさん!」

 喜色と懐かしみを顔に浮かべながら真耶は校門前で待つ女性の下へ駆け寄った。
肩の下辺りまで伸ばした長さの茶髪に丸メガネを書け黄緑色の紋付羽織を着た和装の女性だ。
女性の名は二ッ岩マミゾウ。真耶とは子供の頃からの近所付き合いで幼い頃から真耶を妹、もしくは娘のように可愛がってくれている女性だ。

「おお真耶、久しぶりじゃのう」

 独特の年寄りくさい言葉遣いでマミゾウは真耶を出迎える。

「お久しぶりです。でもどうしてココに?」

「何、ちょいとばかりココの近くに用事があって、そのついでじゃ。渡しておきたい物もあるしのう」

 真耶からの疑問をのんびりとした様子で返しながら、懐から葉っぱの刺繍が入った御守袋を取り出し、真耶に手渡した。

「これは?」

「ちょっとした御守じゃ。最近はあいえすの業界も物騒になっとるからのう。ま、気休めみたいなもんじゃが持っていて損は無いぞ」

「そのために態々こんな所まで……ありがとうございます」

 マミゾウからの気遣いに真耶は内心嬉しさを感じる。
幼い頃から真耶はマミゾウによく可愛がってもらっていた。
年齢不詳で年寄りくさい所はあるものの真耶にとってマミゾウは尊敬する姉のような存在だった。

「この後何か予定とかありますか?何でしたら一緒にお茶でもしませんか?」

「いや、そうしたいのは山々なんじゃが、この後まだ予定があっての。また今度時間が取れた時にでもな」

 申し訳なさそうにに真耶からの誘いをマミゾウは断る。
その後は少しの間雑談を交わしていたして二人だが、やがて時間が流れ、別れる時が来た。

「もう時間か、お互いそろそろ戻らんとな」

「あ、そうですね。名残惜しいけど……」

「何、また会えるじゃろうて。それじゃあまた会おうぞ。たまには佐渡にも戻ってくるようにの」

「はい、お元気で」

 別れを告げ、真耶は学園へと戻って行き、マミゾウは背を向けて学園から離れる。



「…………そろそろその変化を解いたらどうだ?佐渡の二ッ岩」

 マミゾウが学園から離れ、人気の無い場所まで来た辺りで突然ドスの利いた声と共にスーツ姿の女性……八雲藍が姿を見せる。

「……おやおや、久しぶりじゃのう八雲の九尾。あの子猫は元気にしとるか?……それで、九尾の狐ともあろう者が儂(わし)に何の用じゃ?」

 藍の言葉を皮肉るように返し、マミゾウの姿は一瞬煙に包まれ、直後に別の姿が現れる。
背丈はやや低くなり、顔付きは基本的に先程の姿より少し幼く、服装は羽織から黄土色の無地のノースリーブに、頭には小さな葉っぱを乗せ、そして何より目を引く身の丈程大きく、丸みと太さを兼ね揃えた尻尾。
ココまで来ればその筋の知識を持つ者なら察することが出来る。二ッ岩マミゾウ……彼女の正体は化け狸、日本狸の重鎮であり『佐渡の二ッ岩』の異名を持つ大物妖怪だ。

「別にお前に用など無い。内偵の天狗(文)を迎えに来てやっただけだ。……それより、ISなんぞに無縁の貴様が何故此処にいる?」

「何、友人に万一の事が無い様、保険を掛けに来ただけじゃよ。人間社会に溶け込んでおると人間の知人や友人も多くての。……ついでにお主等に忠告に来てやったんじゃ」

 お互いにそっけなく相手の質問に答え合う。どう見ても二人が親密な関係ではない事は確かだ。

「お主等、最近は随分派手に動きまわっとるのう。最近じゃ何処も彼処も河城重工の名が飛び回っとるぞ」

「そうだろうな。……それで、忠告とは何だ?宣戦布告でもする気か?」

「フン、馬鹿を言うな。神も妖怪も満場一致でお主等の行動を黙認し取るわい。儂は未だしも、大抵の神や妖怪達はあいえすとかいう物には相当煮え湯を飲まされ続けておるんじゃ」

 皮肉交じりにマミゾウは吐き捨てる。
外界にも多少なりとも神や妖怪の類は存在し、それらの存在は人間からの信仰心(妖怪の場合は畏怖の念など)で力を保っているが、ISの登場以来世の中は女尊男卑の風潮が広がると同時に女性によるIS開発者、篠ノ之束と初代ブリュンヒルデ、織斑千冬を信仰すると言う宗教まで現れる始末(神奈子達、守矢神社の面々が外界で信仰心を失って幻想郷に流れた一因もISにある程)だ。
さらに世間の目がISにのみ向けられたとあっては妖怪が恐れられる事もめっきり少なくなってしまい、人を驚かす事さえ出来なくなってしまう。
外界の神、妖怪にとってもこれ以上のISの神格化は是が非でも避けたい事である。

「河城重工によってISを男女兼用になって汎用性が増せばISに対する選民やエリート意識が薄れ、信仰も取り戻しやすくなるという訳か」

「ああ、しかし忠告というのはそこではない」

 マミゾウは今までの飄々とした様子が失せ、真剣な表情で藍を見詰めて口を開く。

「……ココ数ヶ月の間、力を失いつつあった多数の神や妖怪の行方が知れなくなっておる。お主等の暮らす幻想郷に流れたとも思っていたが……」

「……それはおかしいな。私や紫様が確認した限りココ最近で幻想郷入りした神や妖怪はそれ程多くはない筈だ」

 マミゾウの言葉に藍は目を細める。

「……コレは儂の勘じゃが、そう遠くない内に外界と幻想郷を巻き込んだ異変が起きる。…………最悪、儂とお主が共闘せねばならんかもな」

「……笑えん話だ」

 皮肉気に苦笑いを零すマミゾウに藍は溜息混じりにそう呟いた。

「儂もそう思うわ」

 マミゾウのその言葉を最後に二人はどちらかともなくその場を立ち去っていった。
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