東方蒼天葬 弐

□覚悟の有無(前編)
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 河城重工地下アリーナ……ココではIS学園推薦入試枠と専用機のテストパイロットを賭けた最終試験が行われていた。

「…………」

「…………」

 訓練用に倉持技研から使用料を支払って2機だけ製作した改造型の打鉄を身に纏い、弾は対戦相手の男と睨み合う。
この戦いの勝者はIS学園への編入を推薦され、さらにその編入試験に合格すれば開発予定の量産機のプロトタイプ、実質専用機を与えられるのだ。
既に試合開始から30分近くが経過し、

(自分でもびっくりだ。まさか俺なんかが、一夏に一対一(サシ)で鍛えてもらったとはいえ、ココまで上り詰める事が出来るなんて……)

 内心で湧き上がる高揚感を感じながら、弾は冷静に相手の動きに細心の注意を払い、一方で闘志は音を立てて熱く燃え上がる。
ココに来るまでの壁は決して低くも薄くも無かった。
座学テスト、基礎身体能力テスト、勇儀と萃香の二人を相手に組手(何分耐え切れるかを競うもの)、そして今、彼は念願への第一歩であるIS学園への入学権を目の前にしている。

(勝てばIS学園入学(出来るかもしれない)。それはつまり……美鈴さんとお近付きする事が出来る確立が大幅アップって事だよな!?俺は……俺は…………)

 恋は人を変えるという事だろうか、そういう意味で彼は、魔理沙に恋して結構アグレッシブになった更識簪の同類と言って差し支え無いだろう。

「うおおおおぉッ!!」

 対戦相手の青年が意を決して弾に飛び掛り、近接専用のブレードで斬りかかる。
迫る対戦相手を前に弾は一瞬、時間にして約0.2秒程軽く目を閉じる。

「俺は、勝つ!!」

 直後に目を”カッ”と見開き、自らもブレードを展開してカウンターの要領で弾き返す。
しかし相手も伊達に最終試験にまで残っているわけではなく、即座に体勢を立て直して再びブレードを振りかぶる。

「今だ!」

 刃が振り下ろされるその刹那、弾は飛び込むように相手の懐に入り相手の右腕を掴んでアームロックの体勢で間接を極める。

「どぉりゃああぁぁっ!!」

 そしてその体勢のまま勢いを付けて相手を投げ飛ばした。

「ぐぅっ……こ、この程度!」

「コレで終わると思ってんのか!?」

 投げ飛ばされた対戦相手は受身を取って着地しようとするが、弾は相手が着地する地点目掛けてブレードを投げつける。

「ぬぉっ!?」

 思わぬ追撃に対戦相手は慌ててスラスターを吹かし、空中で制止し投擲された剣を回避する。
しかし、これこそが弾の狙いだった。

「捕らえたぜぇっ!!」

 空中で制止する相手の更に上空に弾は既に先回りし、降下と同時に相手に蹴りを連続して叩き込む。

「うぐぁっ!!」

 呻き声を上げて相手は落下し、アリーナの床に叩きつけられる。
そしてその真上で弾はアサルトライフルを展開して一気にトドメと駄目押しに掛かる。

「これでも、喰らいやがれぇぇ!!」

「う、うわぁぁっ!!」

 『泣きっ面に蜂』という諺を体言するかのように降り注ぐ銃弾の雨に対戦相手は為すすべなく飲まれてしまう。そしてそれは勝敗が決した瞬間だった。

『試合終了――――勝者、五反田弾』

「か、勝った………クク、ハハハ……勝ったぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 試合の勝敗を告げるアナウンスがアリーナに流れ、直後に一瞬の間をおいて弾が叫び声をあげる。
ただのバイト志望から成り上がり、専用機持ちにまで上り詰めた喜び、そして己の初恋成就への第一歩を踏んだと言う事実を噛み締めた勝利の雄叫びを……。

 この翌日、弾には専用機が与えられ、約一週間の慣熟訓練を受けた後、IS学園への編入が決定した。





「ま、参ったわ。もう勘弁して」

「フン、雑魚が……」

 IS学園の剣道場で行われる剣道部の朝練での模擬戦で部員の少女が尻餅をついて弱々しい声を上げる。
彼女の目の前には殺気立った雰囲気を出しながら仁王立ちする箒の姿があった。

「篠ノ之さん……やり過ぎだよ」

「何よアイツ、あんな真似して停学になったくせに剣道部のエース気取りな訳?」

「ちょっと中学の頃に大会で優勝したからって好い気になって……」

「私、剣道部辞めようかな……もう嫌だよ、あんな人と一緒に部活やるの」

 周囲から小声でヒソヒソと声が囁かれる。
先のクラス対抗戦で箒は独断による問題行為から停学処分になり、それ以来彼女の評判はガタ落ちだった。
戒厳令が敷かれ、箒の行動に関しては大っぴらに公表はされていないものの、彼女の行動を目撃した者も数人存在し、加えて箒の停学処分……事実が噂となって学園中に広がるのに大して時間は掛からず、最近では箒への陰口が学園を飛び交っている。

「クソッ!どいつもこいつも……」

 自分の陰口を叩く者達を箒は一睨みすると、その鋭い視線に周囲の女子達は揃って目を逸らす。

(フン!陰口叩くしか能の無い弱者共が……腹立たしい。それもこれも皆アイツ等の所為だ!!)

 箒の脳裏に浮かぶ河城重工の面々、そして顔も分からぬ一夏の恋人。
行方不明になった一夏を助けてくれた事は感謝するが、連中の所為で優しかった筈の一夏は変わってしまった…………箒はそう考えている。
小さい頃から一夏はとても優しかった。箒にとっては子供の頃、自分に優しくしてくれた一夏こそが一夏本来の姿だった……。
しかし現実(いま)の一夏は

「一夏さえ、一夏さえ元に戻せば……」

 唇を噛み締めながら箒は一人孤独に更衣室へ向かった。
今の彼女には一夏と自分以外殆ど何も見えていない……。





『目的は、分かっているだろうな?』

「……分っています」

 空港内に一人の少女が携帯電話を耳に当てながらベンチに腰掛けている。
その表情は決して明るくなどなく、寧ろ悲壮感が滲み出ている。

『では、抜かりの無いようにな……』

「……はい」

 電話越しに流れる声が途切れ、少女は持参した荷物を覗き込む。
バッグの中には一夏のものと同じIS学園男子制服が入っていた。

「何で、こんな事になったんだろう……」

 虚空を見つめ少女はぼやく。

 彼女はつい最近まで父の顔を知らず、母親と二人暮しだった。
しかしそれを不幸に感じた事は一度も無い。母との生活は、慎ましくも平穏な心安らぐ日々だったのを今でも覚えている。
しかしそんな幸せな日々は、突然すぎる母の訃報によって跡形も無く崩れ去った。
死因は轢き逃げ事故……犯人は逃亡し、母の身体は撥ねられた際に近くの川に落下し、そのまま遺体は見つからなかったという。
余りにも現実味を欠いた物事の連続に悲しむ暇も無く母の葬式が始まり、突然現れた父の使いと称する黒服の女に連れられたのは父の経営するデュノア社。
そこで初めて自分はデュノア社社長、セドリック・デュノアとその愛人だった母との間に生まれた子供だと知った。
訳も分からぬままに社長婦人に『泥棒猫の娘』と罵倒され、IS適正の高さからISのテストパイロットを強制された。
平穏な日々から一転して敵意の視線の中での押し付けられた仕事を淡々とこなさなければならない日々。
しかしそれが出来なければ自分は捨てられてしまう。そうなったが最後、生活基盤も何も無い自分は身体を売って無様に生き永らえるか野垂れ死ぬしかない。
そんな時、突然父から直々に入った『男装してIS学園に編入し、織斑一夏とその専用機のデータを盗め』という命令。
男性でもスーツを使えば操縦可能になった今、何故そんな真似をしなければならないのかは分らないが、結局自分に断る事など出来ず、日本へ送り込まれた。

「ボクは、どうすればいいの?教えてよ、お母さん……」

 目から一筋の涙を流しながら金髪の少女、シャルロット・デュノアは悲痛な声で呟いた。




 連休が明けて九日程が過ぎた頃、IS学園校舎内に設けられた大型掲示板には一週間後に控えた学年別トーナメントの案内が出ていた。
当初、トーナメントでは前回のクラス対抗戦のような不慮の事態に備えて二人一組のタッグマッチで行うと予定であった。
しかし、それとは別に今年の一年生に関して問題視されたことがあった。それは河城重工所属の者達の戦闘力の高さだ。
誰もが知る通り河城重工に所属する一夏を始めとする者達の戦闘力は代表候補を遥かに上回り、国家代表にも匹敵するという噂が流れている程だ(当然実際は国家代表をも軽く超えている)。
そこで問題になるのは一年生のトーナメントへの参加意思の低下だ。
専用機持ちの代表候補生や、河城重工を激しく敵視している女尊男卑主義者ははともかく、一般生徒にとって一夏達は勝つ事はおろか一矢報いる事も夢のまた夢と言う雲の上の存在だ。

そこで、教師陣は一つの解決策を出した。
まず、ダッグマッチ制は取り消し、同時に河城重工所属の一夏、レミリア、咲夜、美鈴、文、椛、早苗、アリス、魔理沙、妖夢の10名の出場を停止し、当日の会場警備を担当させる事にした。
そしてトーナメント上位5名には一夏達10名の内の誰かとエキシビジョンマッチで対戦する権利を与えるという方法を取った。
この処置により、学園は会場の安全と一年生の出場意欲の確保に成功したのだった。
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