東方蒼天葬 弐

□覚悟の有無(後編)
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「アナタの事、洗いざらい喋ってもらうわよ。……シャルロット・デュノアさん」

「!……うぅ……分かり、ました…………」

 最早逃げ場など無いという事を実感し、シャルロットは力無く項垂れ、硬く目を閉じる。目元には少しではあるが涙も浮かんでいる。

「もう、分かってると思うけど、ボクは女だよ。実家に……ううん、お父さんに命令されて、男装してこの学園に入学したんだ」

 そこからシャルロットの独白は続いた。
突然すぎる母親の訃報、デュノア社の経営難、自分が本妻からどう思われているかなど……話せば話す程シャルロットの表情は青褪め、暗くなっていくが一夏達は何も言わずにシャルロットの言葉に耳を傾け続ける。

「……これで、ボクの知っていることは全部話したよ」

「なるほどね。まぁ、大体こっちの予想通りだった訳だけど……」

 シャルロットの独白を聞き終え、レミリアは自分達の予想と全く同じ答えに拍子抜けとばかりに肩を竦める。

「それで、アナタはどうしたいの?」

「どうするって、こんな事が公になったんじゃ、良くても牢獄行きかな……」

「そうじゃないでしょ?私はどうなるかじゃなくて、『どうしたいか』って聞いてるのよ。それともアナタは自分から牢獄に入りたいとでも言うの?」

 レミリアの問いに意気消沈しながら答えるシャルロットだが、レミリアはやや強めの口調で再度詰問する。

「……嫌に、嫌に決まってるよ!でもどうしろっていうの!?お母さんが死んで、身寄りも無くて、デュノア社以外に行く所なんて僕には無いのに!何も解ってないくせに勝手な事言わないで!!」

 レミリアの言葉に激昂するようにシャルロットは吼える様に言い返す。
しかしそんな彼女の態度に咲夜は冷たい視線を投げかける。

「よく言うわね。そんなにデュノア社が嫌なら家出でも何でもすりゃ良いじゃないの。デュノア社のスキャンダルにせよ、データを盗むにせよ、担保になるものなんていくらでもあるでしょうが」

「そんな、犯罪紛いの事、出来るわけ……っ!!」

「犯罪?アナタが今やってる事の方が重大な犯罪でしょうが!アナタは逃げてるだけよ。『命令されたから』って言い訳して、それで助けてくれるかどうかも分からない父親に甘えてるだけ。結局アナタは覚悟も決められずに被害者面してるだけの甘ったれなのよ!」

 吐き捨てるように咲夜は言い放つ。
一方で容赦のない冷徹な言葉にシャルロットは拳を硬く握り締めて、唇を血が出るほどに噛み締める。

「う…うる、さい……ボクがどんな気持ちかも知らないで!!」

 シャルロットの声色が絞り出すような声から一気に叫び声に変わり、内に秘めて激情を爆発させる。
一度爆発させた感情は、決壊したダム、あるいはリミッターが弾け飛ぶかのように歯止めが利かなくなり、叫び声となって吐き出されていく。

「何で皆勝手な事ばっかり言うの!?ボクはただお母さんと一緒に平穏に暮らせればそれでよかったのに!勝手にISのパイロットなんかにされて、愛人の娘愛人の娘って馬鹿にされて!ボクが何したって言うの!?なんでこんな目に遭わなきゃいけないの!?もう、嫌だよぉ……ふぇぇぇ……うぇぇぇぇ……」

 そこから先はもう嗚咽しか出ず、シャルロットは床に膝を付いて泣き崩れた。
シャルにとって今の今までずっと溜め込んでいた鬱積が全て吐き出された瞬間だった。
母を失ったあの日から抱え続けた悲しみが、今漸く溢れ出たのだ。

「…………お嬢様、一夏……少しの間、彼女と二人にさせていただけませんか?」

 泣き崩れるシャルロットを見つめながら、咲夜は振り向かずに他の二人には話しかける。
そんな咲夜の意図を察し、一夏とレミリアは無言のままロッカールームを退室する。
二人の退室を確認し終えた後、咲夜は再びシャルロットを見据える。

「……アナタにとっては一生分の不幸を背負ったも同然でしょうね。正直、同情は禁じえない……だけど、同情(それ)だけよ。正直な所、私はアナタの不幸なんか興味は無いし、被害者面して甘ったれてるようにも見えるわ」

 咲夜の言葉にシャルロットは涙の残る目で軽蔑と憎しみの念を以って咲夜を睨み付ける。

「アナタに何が…」

「解らないし不幸自慢にも興味は無いわ。悪いけどね……。だけど、アナタ如きが受けた不幸なんて私は生まれた時から何度も経験してるわ」

「?……どういう事?」

「語るようなものではないわ。けど、敢えて言うなら、私は物心付く前から親の顔なんて知らないし、戸籍はおろか名前も無い。咲夜という名もお嬢様から頂いた名前よ……」

「……ストリートチルドレン」

「似たようなものね」

 呆然としたシャルロットの呟きに咲夜は無表情に答える。
実際はもっと込み入った事情があるのだが、咲夜は態々それを語ろうとはしない。

「私はずっと生きるために戦ってきた。盗みを働いたのも残飯漁って飢えを凌いだ事も一度や二度じゃなかった。……そんな戦い続けてきた私に選択肢をくれたのが、お嬢様だった」

「…………」

 シャルロットは言葉を失う。
ストリートチルドレンの生活をハッキリと知っている訳ではないが話半分だけでもとても悲惨という事は知っている。
そうだとすれば、孤独ではあれど衣食住が保障されている自分に対して甘ったれてると思うのも仕方の無い事かもしれない。

「あなたにも選択肢をあげる。……河城重工の力を使えばアナタを保護してあげられるし、平穏な生活を保障できるわ。ただし、それは全てを捨てて一からやり直す事と同じ意味。……いわば自分との戦いよ。アナタにその覚悟はある?」

「そ、それは……」

 咲夜の問いにシャルロットは言い淀む。
平穏は非常に魅力的だが、全てを捨てた後自分はどう生きていくのか?
そこに不安が無いといわれれば嘘になってしまう。

「返事は今夜聞くわ……よく考えて答えなさい。今の話も、アナタを篭絡するために私が作った嘘っぱちかもしれないし。それ以前にこの学園は建前上でえはあるけど、どこの国家機関・組織の介入は許されていない。仮にこちらの誘いを蹴っても多くて3年間の時間はあるわ。……でも、これだけは言っておく、自由や平穏は貰うものじゃない、勝ち取るものよ。被害者面してるだけでは絶対に得る事は出来ないわ。……そして、それに覚悟と勇気は絶対に必要よ。お嬢様が私に眷属になるかどうかの選択肢をくれた時、今までの自分と決別して差し延べられた手を掴む勇気を必要としたようにね」

 その言葉を最後に、咲夜はロッカールームを退室し、扉の傍で待つ一夏、レミリアと共に教室へと足を進める。

「…………」

 そして、ロッカールームには無言のまま俯くシャルロットだけが残されたのだった。





「にしても、咲夜……アナタも人が悪いわね」

「何の事ですか?」

 教室へと戻る途中、不意にレミリアは不適に笑みを浮かべて咲夜に声を掛ける。
そんなレミリアに咲夜はわざとらしく白を切ってみせる。

「分かってるくせに……どっち道あの子を母親と再会させてあげるのは決定事項なのに、わざわざあんな説教するなんて」

「お嬢様の真似をしてみたかっただけですよ。アナタが私と初めて出会った時の様に……。それに、裸一貫なんて口で言うほど簡単じゃないですから」

「ああ、そこに良い例がいるものね」

 二人は同時に一夏を見る。
駆け出し時代から一夏を知る者として生活基盤作りの大変さはそれなりに解っているからだ。

「それはそうとさ……コレ、いつ彼女(シャルロット)に見せるんだ?」

 今まで黙っていた一夏がポケットから一個のUSBを取り出す。
それはシャルロットと接触する数分前に紫から送られてきたデータが入った物だ。

「今夜彼女の返答を聞いた後ね。後でこっそり印刷して纏めておきましょう」

 レミリアは汚物を見るような視線をUSBに向けてながら返答する。
いや、その視線はレミリアだけではない。一夏と咲夜も同様だった……。

「本妻(クローデットデュノア)……反吐が出るぜ。クズが……!」

 USBを睨みつけ、一夏は吐き捨てる。
送られてきたデータファイル名…………それは、『デュノア家の現状、及び現在判明している罪状』。





 フランスのとある屋敷……その最上階のとある一室はドア周辺に警備員と思われる女性が数名が配置され、更には最新式のセキュリティシステムを使用している厳重ぶりだ。
しかしそんな厳重に警備された部屋であるが、中にいるのは一人の男のみ。
歳は30代後半から40代前半辺り、そして顔は痩せている。
いや、痩せているというよりは、衰弱しているといった表現が正しいのだろうか?
もう数日は何も食べていないといった様相だ。

「旦那様、お食事をお持ちしました」

 そんな時、一人の女性が入室してくる。
女性は男の様子に溜息を吐きつつ、台の上に食事を置く。

「また食べてないのですか?いい加減食べてくれないと、こっちも気が引けてしまうのですが」

 呆れた様子で女は口を開く。
警護こそ使っているが、その態度はとても目上の者に対する態度とは思えないものだ。

「フン、餓死では都合が悪いか?……だろうな。事件性が疑われては引継ぎに時間と金が掛かるだろうからな」

 痩せ衰えはしているが男は強い意志を孕んだ目で女を睨む。
女は男に背を向ける。

「食事に何を盛ったか知らんが、生憎だったな。昨日、出された食事を窓際を飛んでいた鳥に食わせたら……結果は案の定だ。あの鳥には可哀想な事をしたがな……」

 男の言葉に女は男には見えないように忌々しそうに表情を歪めた。
ここ数日の間出した食事には全て薬を、一種の自白剤、幻覚剤の類を混入していたが、それを知られてはもう男に食事を食わせるのは無理だろう。

「無理に食わせてみろ。その前に私は舌を噛み切ってやる。そうなれば事件性が出て、警察の手入れは確実だな!……クハハハハ!」

「!……男風情が!」

 女は思わず本音を口にしてしまう。
目の前に居るのは衰弱しきった男の筈なのに、何故自分はこうもこの男に手玉に取られなければいけないのか、と。
女尊男卑に染まった女には解らない。
目の前にいる男の意思、そして覚悟が……。

「フン!あの女……クローデットに言っておけ。無能の貴様に社長など務まらん。私共々デュノア社の瓦礫に埋めてやるとな!!」

 男の言葉を聞き終えないうちに女はドアを乱暴に閉めて部屋を出る。

「フン、小物が。貴様等の好きにはさせんぞ……」

 それを見届け、男は静かに洗面所へ向かい、蛇口から水を出してそれを乱暴に飲む。
娘を送り出して数日、男はその日からこの部屋に幽閉され、水道の水のみを糧に生きてきた。
このままこの生活を続けて、自分は後何日生きていられるだろうか?
だがそれも是非も無し……心の底から愛した女も守れず、父としての務めを果たせなかった自分にはこんな末路が相応しいのだろう。

「シャルロット……お前は、お前だけは、幸せになってくれ。…………エリザ、お前を……守ってやりたかった」

 窓から見えるフランスの夜景を眺めながら、男は……セドリック・デュノアは力無くそう呟いた。
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