東方蒼天葬 弐

□発進!!
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発進!!

 転校初日の夜、シャルロット・デュノアは咲夜とレミリアの部屋へと足を進めていた。
咲夜との問答の後、シャルロットはずっと考え続けた。
正直、先の見えない未来への不安は大きく、いっその事学園に留まって三年間じっくり考えようかとも思った。
しかしそれも結局は問題の先延ばしに過ぎず、たった三年で事態が好転するとは限らない……。
それならば、河城重工の申し出に賭けてみるのも悪くないのではないか?

(本当、ボクも馬鹿だよね。出会ったばかりの人に頼ろうなんてさ……)

 ある意味、それはヤケクソであり、勇気でもある。
赤の他人からの甘い話などそうそうある物ではない。……だが、シャルロットは心のどこかで自身に掛けられた咲夜の言葉を信じている。
口では言い表せないが、自身の前に現れた咲夜、一夏、レミリアの三人には、その言葉を信じさせる何かがあった。
ある意味本能とでも言うべきだろうか……。

「……十六夜さん、スカーレットさん、居る?」

「入りなさい、開いてるわよ」

 ドアの前に着き、シャルロットは扉をノックし、扉の奥から返事が聞こえるのを確認して中に入った。
室内には咲夜とレミリアだけでなく、昼間の問答の際に同席していた一夏、そして2組に所属する紅美鈴と射命丸文の姿もあった。

「随分早かったわね。……それで、返答の方は?」

 玉座に腰掛けるようにベッドに座り、威風堂々とした様子でレミリアは口を開く。
シャルロットは若干雰囲気に気圧されつつも、気を引き締め、軽く拳を握る。

「ボクは……」

 震えそうになる声を必死に抑える。
『覚悟を決めろ、今勇気を見せずにいつ見せる!?』と、心の中で自分を叱咤する。

「申し出、受けさせてください。……僕に出来ることなら何でもします。だから……ボクを、保護してください!」

 言った。遂に言った……。
目の前の者達に助けを求めたシャルロットは、自分の中で何かが軽くなったような気分を感じた。
思えば今まで自分はずっと一人で抱え込んできた。
人に頼る事が出来ず、鬱積を溜め込み続け、自分にも他人にも追い詰められていた。
だが、それが無くなった今、残っていた嫌なものが水に流されていくような爽快感がシャルロットの心を満たしていった。

「……覚悟、ちゃんと決められたじゃない」

 そんなシャルロットに咲夜は前回とは打って変わり、穏やかな笑みを浮かべながらシャルロットの肩に手を置いた。

「十六夜さん……」

「これでまだウジウジやってるなら、一発殴ってたわ」

 どこか感極まったシャルロットに、普段のクールな姿とは違い、姉のような暖かさを感じる態度で咲夜は冗談っぽく返す。

「よし、そうと決まれば、早速やる事を済ませようぜ!にとり、出てきて良いぞ」

 シャルロットの覚悟と決意を見届け、一夏は誰もいないはずの壁に向かって声を掛ける。
シャルロットは一瞬怪訝な表情を浮かべるが、すぐにその表情は驚愕に変わる事となる。

「OK。いやぁ〜、やっと喋れるよ。それにココって人間ばっかりだから結構緊張しちゃうし」

「ちょっ!?…ど、どこから!?それに、にとりって……まさか、あの河城にとり!?」

 驚愕に声が裏返りながらもシャルロットは声を上げる。
にとりは男性用IS操縦スーツを開発した人物として公に公表されており、紫と並ぶ河城重工の有名人である。
ただし、にとりの場合、紫と違って顔出しはしていないので、にとりの存在はIS業界の大きな謎の一つとして知られている。

「うん、そうだよ。顔出ししてないから、よく疑われるけどね」

「え……あ、その……」

 (外見的に)自分と大差ない筈の少女が超有名人で、しかも自分にフレンドリーに話しかけているという事実と光景にシャルロットは混乱し、口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。
そんな彼女を尻目に、一夏はにとりの背負うリュックに目を向ける。

「それで、にとり。例の物は?」

「うん、バッチリ持ってきたよ!」

 にとりはリュックから一着の黒地の服を取り出す。
にとりが常時装備している光学迷彩を応用して製作された光学迷彩(ステルス)スーツだ。

「よし、シャルロット、詳しい事は後で話すからコレを着てくれ」

「え?」

 予想外すぎる話の展開に着いて行けず、シャルロットは唖然としてスーツと一夏を交互に見やる。

「今は時間が惜しいんだ。俺は向こう向いてるから早く!」

「言う通りにしなさい。余り時間をかけてると誰かに見られる可能性もあるわ」

 自体を飲み込めないシャルロットを急かす様に一夏はスーツを手渡し、レミリアはそれを煽る。

「わ、分かった」

 呆然としながらも、シャルロットは二人の言葉に従い、急いで服を着替え始める。

「もしもし椛、そっちはどう?」

『今の所、そっちの部屋に向かってる人影はありません。監視カメラの類もアリスさん達が上手く処理してくれてます』

 一方で文は監視役の椛と連絡を取り、周辺の状況を確認する。

「き、着替えたよ」

 まだ醒めぬ混乱から吃りながらシャルロットは着替えを済ませる。

「よし、それじゃ…起動!」

 着用を確認し、にとりはシャルロットの着用するスーツの袖元のボタンを押し、シャルロットの身体は透明人間のように姿を消してしまった。

「!?……す、凄い」

 鏡にも映らぬ自分の姿に驚くシャルロット。
そんな彼女を尻目に一夏達は自分達の荷物を纏める。

「よし、今から河城重工に行く。俺達の方は千冬姉が学園の方に根回しして外出許可を取ってるが、デュノアは見られると拙い。外で待ってる車に乗るまでは極力声は出さないように俺達に着いて来てくれ」

「わ、分かった……」

 自体をまだ完全に飲み込めてはいないものの、シャルロットは再び覚悟を決めて一夏達と共に歩き出したのだった。





「本当に知らんのか?」

「だから知らねぇって言ってんだろ?しつこいぞ、お前……」

 一夏と弾の部屋(本日付で美鈴と交代した)の前にて、箒は弾に一夏の居場所を問い詰めていた。

「クソ!何処に行ったんだ、アイツは!?」

 苛立ちを隠さずに箒は地団駄を踏む。
そんな箒を弾は冷めた目で見ていた。

「なぁ、お前さ、鈴から聞いたんだが、一夏の幼馴染だからって、ちょっとアイツに踏み込み過ぎなんじゃないのか?」

 鈴から今までに聞いてきた箒の行為と目の前での態度を見かね、弾は苦言を呈す。

「貴様には関係無い!私と一夏の問題に首を突っ込むな」

「直接関係無いからこそ見える事だってあるんだよ。お前がアイツを事をどう思ってるかなんて、お前の顔色見れば大体分かるけどさ。お前、一夏の事ちゃんと見てないだろ?」

「何だと、ふざけるな!私はずっと昔から一夏の事を知っている!アイツが変わった事を気にも留めない癖に友人面してるだけの貴様とは違うんだ!!」

 弾の指摘に激昂し、箒は今にも噛み付きそうな勢いで弾の胸倉を掴んで吼える。

「其処(そこ)だよ、其処!何でアイツが変わったって思うんだ?どっちかって言うと成長したって感じだろ?」

「アイツは、一夏は昔からとても優しかった!なのに、あの訳の分からん連中に変に影響されて……。対抗戦の時だってそうだ、私の行為が危険だからって私がどんな想いでアイツに活を入れたのかも知らないで……」

「……お前馬鹿か?ガキの喧嘩じゃねぇんだぞ。命懸った局面で他人巻き込んでそんな真似すれば一夏だってキレて当然だろ!?……っていうか、例の事件の犯人ってお前だったんだな」

 箒の言い分に弾は呆れと軽蔑の眼差しを見せながら、胸倉を掴んでいる箒の腕を振り解く。
対抗戦での事件は弾も噂程度には聞いていたが(当事者が誰かまでは聞いていなかった)、話半分だけでも非は箒の方にあるのは明らかだという事は弾も十分に理解していた。

「もういい!貴様などと喋るだけ時間の無駄だ、帰らせてもらう!!」

「チッ……そっちから勝手に来ておいてよく言うぜ!」

 取り付く島も無い箒に弾は愛想を尽かすように吐き捨て、乱暴にドアを閉める。
箒は箒で不快感に表情を歪めてその場を早足で立ち去った。

(ったく、ストーカー女が……あんな風にだけはなりたくないな)

 自身も現在進行形で片想い中という点は箒と同じである事から、弾は箒を片想いの悪い見本として見定めたのだった。
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