夢のなかへ

□仰けば尊く
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仰げば尊し わが師の恩

おしえの庭にも はや幾年

思えばいととし この年月

いまこそ別れめ いざさらば






「…何歌ってやがる」


机に突っ伏したまま歌っていたら、黙ってカタカタとノートパソコンをいじっていた蛭魔が口を開いた



「何って…仰げば尊し?」

「……」


もちろん何故歌ってるかを聞きたいことはわかってたのに、わざとそう答えてみたけど、
ちげぇだろ、なんて言葉も返って来なかったのでゆっくりと身体を起こした


蛭魔のいる窓際を見たら、相変わらず視線はパソコンを向いていた



「蛭魔卒業式出ないの?」

「出るかよ」

「だろうね」

「…」

「ふふっ、そっちの方が学校も平和かも」

「うっせ」



その時遠くから仰げば尊しが聞こえた気がして私は口を閉じた

たった今体育館では卒業式の予行練習が行われている



私達は明日、この学校を卒業する



「卒業式の予行練習とかナンセンスよね」

「……」

「当日の感動が薄れちゃいそう」

「は、てめぇが感動するのか?」

「失礼ね。
…ま、一般の意見を想像しただけではあるけど」

「どっちにしろここで練習サボってる奴のセリフじゃねぇな」

「はは!それ言えてる」

「ケケケ」



普段と変わらぬ軽口の言い合い


私は椅子から立ち上がると、蛭魔の隣の開け放した窓から外を見下ろした
まだ肌寒い気もするけれど、世界はすっかり春だ。


「…あ、」

「なんだよ」

「ここから体育館の中見えるじゃん!」

「知ってる」

「へぇー!なんだか爽快だねー早くおしえてよー」

「だからここでサボってるんだろうが」

「…いや、知らないから」


でもそれってつまり、蛭魔も蛭魔なりに卒業を感じてるってことかな

そんなことを考えながら私は体育館を見つめる。あの大きな体は栗田だろうか

起立の声まではここに届かなかったが、皆が、一斉に立ち上がった



「てめぇは出ねぇの?」


大変そうだなぁ、そんなことを考えていたらふいにそんなことを聞かれた


「なんで」

「出てぇんだろ」

「…なんで」

「そう見える」


出たいだなんて思ってもいなかったが、蛭魔にそう言われて初めてそうかもしれないと思った


「なんだかんだで3年間、この学校に通ってたわけだしね」

「出れば」

「やだ。あんなに長い時間同じ場所にいたら私発狂するかも」

「ケケケ、それは困るな」

「でしょ。…そうだ、蛭魔体育館に監視カメラつけてよ」

「はぁ?」

「ここで卒業式気分が味わえるかも」

「俺はんな無駄なことはしねー」

「ははっ!」


お互いに冗談だとわかっているから成立する会話
でも本気で頼んだら、蛭魔なら本当にやってくれそうだ


そんな会話をしながら私の目は体育館を見下ろしていた

日本の卒業式のような格式張った行事は好かないが、感傷に浸ってみるのは悪くない



しかし考えてみれば私の思い出は、いつも蛭魔と共にあった気がする
明日の卒業式の日だって、きっと蛭魔とここでサボるのだ


蛭魔がどう考えているかなんて私にはわからないが、会えてよかった、なんてらしくないことを考えた


「ちょっと鳥肌もの?」

「何がだよ」

「さぁーねぇー」



勝手にくすくすと笑いながら、
私は青い空を見上げた







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