群青の空に唄ふ。

□一話
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「この人たち、あんたらのお仲間ですよね?」

斎藤はそう問われて口ごもった。

「……肯定しかねる」

既に全員事切れていた。
しかし、顔や首筋などに斬り傷が全く無かったため、容易に身元が判別できた。
倒れている者の一人に、見覚えがあった。
先月まで、斎藤率いる三番組に所属していた若者だった。
入隊当初は、京の平和を護るのだと言って目を輝かせていた。
剣の腕も申し分なかったし、斎藤としてはよい部下を持ったとよく目をかけていたのだが。
若さ故か、勢いがよかったのも最初だけで、まさに竜頭蛇尾。
厳しい稽古や斬り合いに耐えかねたのか、逃亡を図った。
偶然原田が夜の町中で捕えた。
当然局注法度を破ったのだから、通常切腹となるところ。

しかし、あのとき彼は、あの禁忌の紅い水を……

「人間でも鬼でもない紛い物は、仲間ではないと?」

聞こえた声は、目の前の少年のもの。
その嘲笑混じりの、しかし冷めきった声に、斎藤は思考に持って行かれていた意識を戻した。


紛い物

まるでこちらの事情を全て察しているかのような口ぶりに、斎藤は警戒を強めた。
その時、はたと気づいた。

少年は返り血を一滴も浴びていないのだ。

斎藤の背筋を、悪寒が走った。
ただ者ではないと、頭の中で警鐘が鳴り響く。
とにかく、このまま見逃すわけにはいかない。
新選組の禁忌に、この少年はすでに触れている。
ならば連行し、鬼の副長と謳われる土方に、判断を仰ぐしかあるまい。
斎藤が、利き手で右腰の刀に触れようとしたとき。

一瞬だった。

先ほどまで、斎藤の足で五、六歩ほど離れたところに佇んでいたはずの少年が、どういうわけか目の前にいて。
斎藤が刀の柄に触れるより早く、その左手首は握られていた。

「な……!」
「駄目ですよ、新選組だからってむやみやたらに剣を抜くようじゃ」

そう言って、悪戯っぽい年相応の笑みを浮かべる。
屈託のないその笑顔が、かえって不自然に思えて仕方がなかった。




「珍しく遅かったじゃん一君……って、あれ?」

路地裏の一角。
長い髪を揺らす平助が、頭の上に疑問符を浮かべた。

「誰?そいつ」

そいつとは、斎藤の斜め右後方に歩く、先ほどの少年の事だった。
斎藤は、誰かと問われて答えに口ごもった。
元より口数が少ない故に、先ほどの事を簡潔に説明する自信がなかった。
そんな斎藤より先に、少年が口を開いた。

「新選組幹部最年少を誇る八番組組長、藤堂平助。明るい性格で野次馬根性の持ち主」
「え!? 俺のこと知ってんの!? しかも結構詳しいし……」

平助は、少年の資料を読み上げるかのような口調に、わかりやすく驚愕の表情を見せた。
それを見て少年は、間違ってはいないようだと、ひとり頷く。
そして平助の後方にいる、赤みの強い髪色をした男を一瞥した。
視線を受けて、男はやんわりと微笑んだ。

「じゃ、俺の情報もその頭に入ってるってわけだ」

その言葉に、少年はにやりと不敵に笑う。

「十番組組長、原田左之助。新選組のしんがりを務める槍術の名手。性格は義理堅く一本気」
「せーかい」

会っておそらく数十秒。
既にこの二人は、何故か仲良さげに見えた。
平助のていうかお前誰なんだよ、という言葉に、少年はああそうだったと三人に向き直った。
けほん、と空咳をひとつ。

「僕は東雲 真。京生まれ京育ち、今年十八になります」
「ってことは、俺と同い年じゃん!へへへっ」
「へー大人びてんな。……いや、平助が子供っぽいのか」
「なんだよ喧嘩売ってんのか左之さんっ!」
「そういうとこが子供なんだよ」

二人の喧噪を見、少年――真は一瞬その瞳を見開いた。
それから何の前触れもなくけらけらと笑い始めたものだから、斎藤含め三人は唖然とした。
目に涙まで浮かべながら笑い続ける。
先ほど浮かべた作り笑いはなんだったのかと思わせるほどの、純粋な笑い声。
斎藤は疑心の念も思わず忘れて何事かと問うた。
真は、目元を人差し指で拭い、必死で笑いを堪えながら斎藤を見上げた。

「いや……人斬り集団と悪名名高い新選組の内側がまさかこんな、ね」

どこの家族かと思った、と。
真は言った。

「まぁ普段からぴりぴりしてても疲れるだけだし、な?」

後ろ髪をわしゃわしゃとかき乱しながら、原田が二人に同意を求めるように視線を送る。
それを受けて、平助がこくこくと頷く。

「ってかうちが家族だってんなら、父ちゃんが近藤さんで母ちゃんは土方さんだよな」
「あーわかるわかる」
「副長が……母親……」

大真面目に考え込んでしまった斎藤の背中を、原田が思いっきり引っぱたいた。
それを見て、再び真が笑う。
得体の知れない少年を間に入れながらも、なぜかそこに和やかな雰囲気が生まれた。
ひとしきり笑いあったあと、斎藤さえ忘れていたある重大な事柄を、平助が口走った。



「え……で、結局真って何者?」




一話 了
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