群青の空に唄ふ。

□二話
2ページ/3ページ




真は、障子の隙間から差し込む光に目を開けた。
真っ先に、見慣れない天井板の木目が目に飛び込んでくる。
ここが新選組屯所であることを、真はしっかりと覚えている。

ふわりとあくびを一つこぼし、伸びをする。
背骨の間が拡げられていく感覚に、少し笑顔になる。
よく天日干しされているであろう、ふかふかとやわらかい布団から這い出る。
夏も終わり、もう完全に秋の朝。
少し肌寒い。
外で小鳥のさえずる声を聴きながら、布団を畳んだ。

真は、昨晩ここに連行された身である。
なのに何故手足が自由なのか。
さらにはふかふかの暖かい寝床まで与えられているのか。
その理由は、数時間前にさかのぼる――



「いやです」

真は、原田に向かってはっきりとそう言った。
原田は思いもよらぬ返答に、は?と若干間抜けな声色で返した。

あの和やかな談笑の後。

『鬼紛い、三匹ほど殺っちゃいまして』

真の言い放った一言に、原田と平助は、ばかりと口を開けた。
やはり見逃せる事態ではないため、屯所へ連行することに。
しかしその時も真は、行きたいですーなどとぬかして原田と平助を驚かせた。
結局、真は大人しく屯所まで連行されてきた。

「すまねぇが、手足縛らせて貰うぜ」

原田が、縄を持って真の前に立った。
明朝の詮議までは拘束していろとの命令だった。
笑ってついてきた真でも、一応は<失敗>の<目撃者>。
ただで逃がすわけにはいかないということだ。
しかしそれを、真は「いやです」の一言で一蹴した。
そして続けて、言った。

「というか僕には意味ないんじゃないですかねぇ」

ためしに原田は、血が止まるのではというほどぎっちぎちに縛ってみた。
しかし真はその言葉通り、数十秒でするりと縄から抜けて見せた。
土方はそれを見せられ、拘束せよという命をしぶしぶ取り下げた。
その代わり、部屋の前の見張りを三人に増やした。
真は嫌な顔ひとつしなかったが、

居心地よけりゃ、逃げる気なんかこれっぽっちもないんですがね

と言って、また笑った。

やっと落ち着いたと思った矢先、部屋の障子がすぱんと開いた。
なにごとかと警戒した原田に、真は再び言い放った。

「寒いです。布団を要求します。ないなら逃げます。
あーあ、京中にことが知れ渡ったらあんた達どうなることか……」
「わあああったよ!!」

……かくして真は、暖かな寝床を手に入れたのだった。




乱れた髪を適当に結い上げ、腰に得物を差そうとして、あ、と呻く。
さすがの真でも、刀はしっかりと預かられてしまった。
かといってあまり不自由はない。
いざとなれば素手で逃げることだって十分可能だと思う。
別に刀に対する特別な感情もない。
ふん、と軽く嘲笑して、襖を引いた。

白い光が部屋に差し込む。
一瞬目を細めてから、真はその視線を下に下げた。

原田が柱に背を預け、槍を手に座っていた。
しかしその瞳は閉じられている。
つまり、眠っている。
顔を上げ、くるりと周りを見渡す。
原田の隣に二人、新選組隊士と思しき若者が座していた。
二人とも真を睨んではいるものの、その視線から覇気、ましてや殺気など、微塵も感じられなかった。
それはひとえに、二人に向けてこっそり飛ばした殺気のせいだろう。
怯えすら見て取れるその視線を一瞥し、真はすぐに目を逸らした。
原田のよだれがだれそうな寝顔に視線を落とす。

――ていうか見張りが何寝てんだよ

心の中で呟きながら、真は原田の寝顔を覗き込んだ。
全く起きる気配はない。
内心あきれながらも、その様子は一寸も顔に出さず、真はその肩に手をかけた。
少し強めに揺さぶる。

「もしもーし、原田組長さん。小鳥もさえずる爽やかな朝ですよー」

棒読みなのは気のせいだ。
断じて気のせいだ。
原田は一度低く呻いて、また夢の世界へととんぼ返りした。
思わず溜息が口から洩れる。
なんだこの人と思いながら、自分もその隣に腰を下ろした。

視線の先には縁側。
そのまた先には、庭が広がっている。
雀の短い鳴き声が聞こえる。
真は、小さなあくびをひとつ零した。

するとその時、身に覚えのある気配を感じ、真はひそかに笑んだ。
廊下の向こう側から規則正しく聞こえる足音。
衣擦れの音から、来ているのは袴でなく着物だと推測した。

すいと角を曲がって現れたのは、斎藤だった。
予感が的中した真は、なんともうれしそうに破顔した。
正反対に、斎藤はその無表情を貫いた。

「おはようございます、斎藤組長さん」

顔を戻さないまま、真は暢気にそう挨拶した。

逃げなかったでしょう?

得意げな顔。
斎藤は口の中でもごもごと何か言ったが、それは真の頭と耳では理解できなかった。
小さく溜息を吐いた斎藤の視線が、原田に注がれる。

「……起きぬか」
「全然。彼、大丈夫ですか? 寝首簡単に掻かれますよ」

朝から物騒な会話。
斎藤は真を見、少しあきれたような顔をした。
それから顔を引き締め、淡々と告げた。

「東雲真、今からあんたを詮議する」

その言葉に、真は

絞っても何も出やしませんがね

と肩をすくめた。





次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ