waste

妄想とか短文の掃き溜め。
◆眠たいよ。 

ご無沙汰してます。
やっと1日10時間以上勉強できそうです。でももっと頑張らなきゃね。

追記から、Kanatter様がご自身のサイトで仰ってた『退廃的で厭世的な摂津さん』に悶えた産物。全く生かせなかった。
差し障りましたら遠慮なく仰ってください。事後承諾ほんとにすみません……。




※東→摂っぽい何か。
 ゲスい東京さん注意です。


国際港、なんて御大層なお役目を拝して早数十年。くるくると目まぐるしく変わっていく世の中は徳川の治世とは比較にもならないけれども、そこに生きる人間が同じである以上は辿る末路もどうせ同じなんだろう。港に止まった大船から運び出される黒光りした玩具を見て摂津は嘆息した。少し向こうには軍のお偉い様方が最新型だという一際大きな大砲筒を見て満足そうにしている。こんな辺境の島国への輸入品なんて、船にえっちらと揺られている間にとうに旧式になっているに違いないのに。

「…偏に風の前の塵に同じ」

耳に馴染んだ古い歌を薄く口を開いて唱えると、今にも湿気った潮風にのってベンベンと重たい琵琶の音が届くような気がする。あんな玩具みたいな大砲よりもっと大きくて強い鉄の兵器が何十も此方を向いて一斉に火薬を投げる光景を想像してみることなんか赤子の手を捻るよりも容易いの。
民衆達は命や絆や財産やの何もかもを脅かされ逃げ惑う。対して居心地の良いチェアーに座った上司は、被害状況の資料の数々に自らの国力だけを読み取り眉を潜めるのだ。そうして全てを失って泣き喚く民を、何の感情も籠もらない目で数字ばかり資料に目を通してゆく上司を、私は何も言わずにただ見つめるだけ。
『土地』という存在。私達の絶対原則は『不干渉』。政治には関わるな。文献によって後世に伝わっていない史実は胸に秘めるのみ。主体的に動くことをひたすらに慎み『あるべき歴史』に沿うだけの生き方。…否、生きているかもどうかも分からない。象徴なんてそんなものだ。

はあ、と息をゆっくりと吐き出した。開国してからの港町は実に空気が悪い。気持ち悪い空気と感情が肺の中をぐるぐると巡る。
黒煙を吐き出す大船に視線をむけて口を噤むと、急に背後に人の気配を感じた。カツンと革靴の音が港町の喧騒に交わる。

「平家物語ですか?」

唐突に掛けられた声のあまりの近さに肩がびくりと跳ねた。振り向くと、目と鼻のすぐ前にに何の面白みもない西洋ぶった正装に身を包んだ首都様のお姿。此方を見下ろす冷たい目が聞こえていましたよと告げている。
ああもう、失敗した。こんな『晴々しい日』に敗者の物語など諳んじてみるものではなかった。武力に急かされてこしらえた新政府が武力によって民を統括し、武力まかせの政治を行おうとしていることはこの国の誰もにとって自明の理。眉根に皺が寄っていたであろう表情を必死で取り繕う。

「はぁ、いきなり。驚きましたよ、東京さん」
「ああすみません。いきなりこの場に似合わない言葉が聞こえたもので」
「うちの原点は平氏の方でしたから。お陰様で、あの大輪田泊も随分と大きくなりました。こんな曇天には、ちっぽけな私の港に初めて宗の巨船がやってきた時の事を思い出します」

しれっとした顔で嘘を付く。嘘吐きの極意は、話半分で嘘と真実を混濁させること。
身に染み付いたとは言ってもやはり気持ちの悪い『標準語』を滑るように吐き出して、私は微笑む。見つめる相手は上手く逃げた私に軽い舌打ちをした。

「東京さんは、これからお役人様と会議ですか」
「ええ、松竹梅という旅籠で」
「ここらでは有名なお店ですよ。あそこのご飯は美味しいらしいですね。兄さんらが言ってました」
「摂津さんは行かれたことはないんですか?」
「連れて行ってもらえませんの。それに私には必要ありませんもの」

どんなに綺麗で色っぽいお給仕さんも、女の私なら床を供にはできませんもの。口に出さずに呟けば「私もですね」と返ってくる。嘘吐き。廃娼運動が盛んといえども男という生き物は常に捌け口を求める。名目の性別を与えられたこの人だって結局は同じことなのだ。ただ不可侵な象徴という立場が枷になっているだけ。
舐めるように纏わりつく視線が吐きそうな程に気持ち悪い。鬱陶しい。だけどこればっかりは逃げられないのだ、と唇を噛む。男がそんな生き物である以上は女はそれを甘んじて受けるだけだ。例えそれが一方的なものであっても…私のように。

「これが、今夜の私の宿泊先だそうです。時間はいつものように」
「…うちは今日は兄さんらとお夕飯食べる約束なんですが」
「大事な『会議』です。止むを得ません」

播磨さんたちには私から連絡しておきましょうか?と嫌みったらしく笑うその人の手から引ったくるようにして差し出された四つ折りの紙を受け取った。結構です、と硬い私の返事に相手の唇が歪むのが見える。

「そんな怖い顔をしないでくださいよ…そういう約束じゃないですか」
「お得意の不平等条約ですね」
「これはお上手な…おや、向こうで私を呼んでいるようですので、それでは」

踵を返してカツカツと遠ざかる革靴をじっと睨みつける。視線に気づいたのかこちらを振り向いて会釈をするその人から目を逸らして、手元の紙に目を通した。そこに書かれていた宿名を頭に入れるとすぐにピリリと紙を裂く。細かくなった紙屑を右手の平に載せて風に晒すと、花弁のようにひらひらと舞って水面に落ちていった。いくつもの花弁が波に紛れて消えていく。

「仕方ないもんな」

右頬を静かに伝い落ちた冷たい涙には目を閉じて気づかない振りをした。

2013/08/07(Wed) 19:53

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