waste

妄想とか短文の掃き溜め。
◆新潟さんと神戸さん 

※下の続き


「もう『摂津ちゃん』なんて呼べませんね」
随分と久しぶりの都道府県会議。西洋人のようにくるくると髪を巻き、丹波の仕立てた見事な外出着を身にまとった私を見て、新潟が悲しそうにぼそりと零した。神戸さんって呼ぶことにしますね、と言う新潟の顔はどうしても見れない。
「じゃあうちは『新潟さん』って呼んだ方がいいですか?」
皮肉るように丁寧な言葉で吐き出す。否定が返ってくるとは思っていなかった、だけど「分かりました」なんてそんな簡単に言わないで欲しい。
癖のない滑らかな標準語で話しかけるその表情はきっと外交用の他人行儀な微笑みなんでしょう?こうやって俯いたままの私に手を差し伸べることもしてくれないんでしょう?
憧れだった貴女みたいになれるように必死だったあの頃。日傘を差して控えめな笑みを浮かべる貴女の隣に立てるように成りたかっただけだった。こんなに追い越して、こんなに離れてしまうことなんて、考えてもみなかったのだ。
「じゃあこれからも宜しくお願いしますね、神戸さん」
朗らかな声。別れの言葉に、彼女が離れていく気配を感じた。もう行ってしまうなんて、と滲む焦り。行かないでなんて台詞は今の神戸には言えない。
迷いながらも、これが最後のチャンスと勇気を振り絞って顔をあげた。目に飛び込むのは上目遣いの彼女だった。目線の違い、彼女を少し見下してしまうことに胸が締め付けられる。
「…こ…ちらこそ、新潟さん」
…だけど、それよりももっと強く神戸の心を占めたのは、彼女の微笑みの優しさだった。
(泣き出してしまいそう)
例えその手がこちらに伸ばされることはもう無いとしても、朗らかな声音で紡がれる彼女の国訛りが聞けないとしても、あの優しさだけはきっとこれからも変わらない。それは神戸の心に沈み込んで、ゆっくりと溶けていく。
(…お姉様、大好きでした)
心の中で呟くそれを神戸が口に出すことはもう無い。いつか貴女と同じ優しさを……そう願って、静かに目を閉じた。

2013/08/20(Tue) 22:36

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