waste

妄想とか短文の掃き溜め。
◆最後に飽きたこまち相摂。 

相摂の『怖くないものなんて』という台詞を使った「エロティックな場面」を作ってみましょう。 #serif_odai http://shindanmaker.com/74923


りりん、と鈴虫の音が襖一枚挟んで向こうから聞こえてくる。いくら秋の夜は早いといっても星が出てからまだほんの数刻しか経っていないような時間だ。染み入るような虫の声と少し遠くから流れてくる陽気な人の声が鼓膜を少し揺らす。そんな中でわたしと相模は2人、有り得ないほど近くまで互いの顔を寄せていた。襖を締め切って火も灯さずにただ相手の瞳だけをじっと見つめる。襖越しの月明かりだけのこの部屋は畳も壁も家具も何もかもがぼんやりと薄暗さに紛れてかき消えているけれど、ただ相模の顔だけははっきりと見える。
ばくばくと騒ぎ立てる心臓。さして暑い夜でもないのに頬はじじんと熱を持っている。気がおかしくなってしまいそうなこの状況に、もう何が何だか分からない。恥ずかしくて逃げたくて、でも逃げられないから詮方無くて目をきゅっと閉じて俯いた。そしたら相模の吐息が耳朶にふんわりとかかるのを感じてしまって、びくりと身体が震えた。こんなの知らない。涙が出そうなほどの混乱と緊張。いつの間にか相模の着物を握りしめる両手のひらはじっとりと汗ばんでいた。

けして現状が把握できていないわけでは無い。ただ唇を重ねるだけ、とそれは分かっている。そもそもが自分から言い出したこと。綺麗な黒髪の彼女に聞いた『恋人同士の仕草』。特別な気持ちになれるのよ、と妖艶に微笑んだ彼女の言葉に憧れて、秘密を打ち明けるように大好きな相模にその事を話したのが数週間前…つまりは今の状況のきっかけだった。「大人になったらうちらもしような」って、その言葉を忘れたわけではない。
だけどわたしが言ったのはあくまで『大人になってから』。わたしも相模も生きている時間だけは長いけれど姿形はまだ子どもだった。元服も裳着も当然済ませていない。少し前までは、わたしも、大人の女性と同じように男の人と話す時は御簾越しに話すよう言われていたけれど、それは『大人だから』というよりも『土地という要人だから』の意味合いの方が大きかった。大和や京都のように政に口を出すこともできず、わたしはただ摂津で暮らす人の幸を願うだけ。姿形だけじゃない、内面だってわたしは他の畿内と比べたらあまりに幼い。

「…摂津、顔上げてよ」

ふるふると首を横に振ると、相模が困ったように眉尻を下げるのが雰囲気で分かった。なんで、と短く問う声に「恥ずかしいから」と消え入るように答える。うーん、と弱気な相模の相槌が弱く生ぬるい風となって耳元を擽る。もう、と勢い任せに相模の胸にぎゅっと頭を押し付けた。ぐりぐり。頭突きとまではいかない小さな反抗。身体中の熱と気恥ずかしさを押し付けるように。

「なぁ、恥ずかしいのは分かるけどさ…もう今日が最後じゃん」

宥めるように、諭すようにぽつり告げられたその言葉にぐりぐりが止まる。今日が最後…それは本当のことで、子供なわたしと相模が『大人になったら』の約束を果たそうとしている理由だった。
明日、わたしはここ…相模のいる鎌倉を出る。大輪田泊としてのご挨拶が終わったらしい。随分と長い滞在時間は、鎌倉幕府の力を誇示する為だと一緒に摂津から来た人が怒って言っていたけれども、わたしはそんなことどうでもよかった。それよりも相模と離れるのが寂しかった。
こんなに怖い鄙びた東国で粗野なおじさんにじろじろの見られて泣き出した滞在初日。焦った征夷大将軍だというその人が連れてきたのが相模だった。弓矢を片手に、身体中に泥や傷をたくさんつけて文句を言いながら引きずられてきた相模も最初は怖くて怖くて泣き出しそうだった。だけど一日、二日…と相模と色んな話をして色んな所に連れて行ってもらって、相模の優しさに触れた。相模はいつもどこか素直じゃなかったけど、ちゃんとわたしのことを考えてくれるんだなってことが伝わってきた。荒馬を駆ったり狐を狩ったり荒っぽいとこもあったけど、絶対に乱暴ではなかった。
いつも一緒にいてくれる相模。相模がわたしの大好きなお友達になるのは臆病なわたしにとってみれば驚くほど早かった。朝から日暮れまでずっと相模に連れられて相模の色んな所に行き、色んな事を教えてもらった。畿内では見かけない動植物に文化。新興宗教に武具に武家のお稽古に、目新しいものは尽きない。1人だったら怖くて泣き出してしまうようなことも、相模と一緒なら平気だった。お隣で同性の和泉ですら、慣れるにあれだけ時間がかかったのに、相模はいつの間にかわたしの中に自然に溶け込んでいた。

「でも…うちは、怖い」

そう、結局はわたしは怖いのだ。相模が怖いんじゃない。『知らなかった』が怖い。唇を合わせるだけ…それは分かってる。別にその行為が嫌なわけではない。ただ、相模に触れたところからじわじわと侵蝕していく熱が、睫一本でさえもがはっきりと露わになる距離が、相模のにおいが吐息が、はちきれそうなわたしの心臓が…。
人生には幾つもの線引きがあるとどこかで聞いた。一度それをえいやと飛び越えてしまえばもうもとの場所には戻れないのだとか。それが本当なら、今わたしたちがしようとしていることは紛れもないその一線だった。それを超えたらどんな世界が待っているのか。好奇心を圧倒的に上回る恐怖に足が竦む。ぺたんと座り込みそうなわたしを必死で相模が持ち上げてくれている…それが今の状況だった。

「摂津…」

相模が俯いたままのわたしの背に腕を回した。着物ごしにさすさすと背を撫でる相模の手のひらが心地いい。そのままとんとんと赤子にするように優しく柔らかく叩かれる。

「摂津、大好きだよ」
「…うちも相模が大好き。おかしくなるくらい大好き」
「俺も」

涼しげな声で相模は言う。わたしが死にそうになってるっていうに、相模はいつも爽やか。不公平だ、ともうとっくに皺が出来ているだろう相模の着物を更に強く握りしめる。

「なぁ、顔上げてよ」
「いやや」
「何で?」
「だって…怖いんやもん」
「俺がいるじゃんか」



「相模は、強いから!荒馬を乗りこなして、あっという間に色んな動物を狩って…平気やろうけど、うちは…怖い」



「怖くないものなんて、俺も無い…俺も怖いに決まってんじゃん」
その声にゆっくりと顔を上げる。目に入った相模の様子に息を飲んだ。
「摂津の馬鹿…俺だって男らしき格好付けたかったらのに」

2013/08/31(Sat) 23:43

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