Hajime

□栞
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放課後。

みんなは部活や委員会に急ぎ足で、廊下をかけてゆくが、私は違う。

本当はホームメイド部に
籍を置いているが
何せよ、活動日が
運動部などより遥かに
少ないのでちょくちょく暇があるのだ。

私は料理や裁縫も
文句なしに好きだが、
同時に読書も同じくらい好きなのだ。

そしてその私は今、
部活や委員会にと足を急ぐ生徒たちとすれ違いながら、放課後の図書室へと足を運んでいる。

がらがらと音を立てて
引き戸を開ける。


「失礼します」

司書に無視をされるのは毎度の事であって
特に気にはしていない。
クーラーが少し強い。

私は体があまり強くないので自己管理を怠ると
すぐ体調を崩すので気を付けなければならない。
そこで私は、夏には手放せないタオルケット(クーラー避けの)を鞄の中から出して膝にかけた。

暫く本を読み続けていると、

かたん、と
ペンを置く音が小さく
室内に響いた。

ふ、と顔を上げると
男子生徒がクーラーの風量を落としていた。

あ、助かる。

丁度寒くなってきたところだった。
私は余り自分から
進んで何かをしたりする方ではないので、例え己のための行為であってもこの場合はありがたい。
それにしても、なんとなく
見たことのあるような顔だと思う。



あぁ、風紀委員の斎藤さん、だっけ。

なんでも彼の噂は友人からよく聞く。
私も友達が多いわけでないが、
いるとしても部活の子くらいだ。

そんな少ない情報網の中でも
私がおぼえているくらいなら相当有名人であろう。

成績優秀でストイックな(らしい)彼は
服装チェックなども辛辣であるそうだ。

私は制服は規則通りに着こなしているので
おかげさまで風紀委員にお世話になったことは一度もない。

ましてや、あの南雲君など怒らせるのは面倒だ。


そんなことを考えながら
本を読んでいると、気づけばもう40分が
経っている。

周囲にいる人は、あの不愛想な司書。

…と、斎藤さん。

まあ静かそうな人なので助かる。

人が減ったことで、物音もそれに比例して
一層減った。

また続けて本を読もうとすれば、
今度は司書までもがどこかへ行ってしまった。

…二人だけか。

斎藤さんは私の座っている席より、
もう一列向こう側に座っている。

まあ、真正面に座ってもらうよりはいいな。


私はそろそろ本を変えようと
席をはずそうとした時、




「本、好きなのか」
え。

私、に言ったのかな。

いや、でも、他に
誰かいたのかもしれないし。


でも下手に勘違いして返事をしてしまうのは
とても恥ずかしいと思うので、
ちら、っと斎藤さんの顔を見てみた。

斎藤さんと目が合った。


やっぱり私に、いったのかな。



「私、ですか」



恐る恐る、訊ねてみる。



「あんたしかいないだろう」




「それで、」

斎藤さんは構わず続けた。


「本が好きなのか」


やっぱり私だったのか。


「あ、えと、すごく、好きです」


なんだかよく分からない
返事になってしまった。


「そうか、俺もだ」



「頭、良さそうですもんね。」



本好きの人に出会えるのは嬉しい。

私の友人は、私とは正反対というか、

おしゃべりで、おてんばな少女、という感じなので本は全く読まない子なのである。


「そんなことはないが…その、大丈夫なのか?寒いのではないか?」


あ、さっき、風量弱めてくれたの、
まさか。


「…あの、まさか、私のために、クーラーを、」


「…」


斎藤さんは、少し、顔が赤い気がする。


「あの、そのことは、ほんとに、ありがとうございます。でも、斎藤さんなんだか、お顔が赤い気がしますが、暑いんじゃないですか?私のことは、ひざ掛けがあるので、風量あげても
いいですよ?」


「…いや、俺は暑くない、ぞ。これは本当にあんたが寒そうだと思って、そういうことだ」


なんだかますます赤くなってる気がするけど…


「大丈夫ならいいですけど、ありがとうございます」


「…それは、よかった。いや、その、それより、少し言いたいことがあるのだが…」


え、そんなに話したのも初めてなのに、
何いうことあるんだろう。

まさか、制服の着方に問題があるとか…


「あの、私の制服、とかですか?今すぐ直しますけど…」


「いや、そんなことではない、その」


なんか顔がすっごく赤いんだけど
本当に大丈夫だろうか。

「ほんとに、あの、大丈夫ですか?具合悪いんじゃないですか?」


「いや、大丈夫だ、それより話が…」


「あ、はい…」


「……」


どうしよう、なんか斎藤さん、
黙っちゃってるけど…



「あの…」


やっと斎藤さんが口を開いた。





「……俺は、その、お前の事が、その、
前から、す、好きなの、だが」

え。

だって、そんな、今初めて話したような人に
そんな事、言われても、



「え、でも、私、あなたの事よく分からないから…」


依然、斎藤さんの顔の赤さはますます深刻になっている。


「いや、その、すぐに返事がほしいというわけでは、ない、が、聞いてほしかった、というか…俺は、あ、あんたの本を読んでいる姿が、すごく好きなのだ。何というか、安心する」


私が、本を読んでいる姿が、好き?

そんな事言われたの、初めてだな


でも、少しだけ、きゅ、と胸が鳴った気がする。

「……ありがとうございます。私なんかを、好きに、なって下さって。その、明日も私ここに来ますから、斎藤さんの好きな本、教えてください」

「本当か。では、俺も、明日はここに来るとしよう。…そういえばお前の名前がまだわからない」

…そっか、斎藤さんは有名人だし、
こっちが一方的に知ってるだけだもんね。


「千夜、といいます。」

「いい、名前だな。俺は…」

「知ってますよ。斎藤一さん。」


まだ好きになってもないのに
こうやって会いに行こうとするのは
ずるいと思う。

でも、少しだけ、彼の事気になったから。

世の中ではこれは“初恋”
とされるのかもしれない。

だから今は、
私の心の抄本の中の、彼との出会いに、

栞を挟んでおこう。

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