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□毒喰わば、涅槃まで
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 警告色。
 視界の端に獄寺隼人が入りこんできた瞬間、ふとそんな言葉が脳裏で明滅したのは恐らく、
 その一瞬前まで、窓硝子越しに臨める昇降口を、見るともなしに眺めていたからだ。

 西に大きく傾いた天道が放つ紅光に満たされた昇降口では、一日の義務から解放された生徒らが、
 ある者は近くにいる者と笑いあいながら、またある者は鞄をしっかりと肩に掛け、伏し目がちになりながら、
 各々の靴を履き替え、校門へ続くアスファルトへと蟻の行列よろしく踏み出していっているのだけれど、

 皆一様に、黒い髪と黄味を帯びた肌と焦茶の瞳とキャメル色のブレザーを纏っているその群れを、欠伸を噛み殺しながら見詰めていたら、なんだか、
 あの群れの中から誰か特定の一人を探し出すことは、無数の落ち葉の中から一匹のコノハカマキリを見付け出すのと同じくらい難しいことのように感じられ始めて、そうしたら、

 彼らが、周りの景色に似た色を纏うことによって己の存在を世界に埋没させる、隠蔽的擬態をしているとしか思えなくなってきた。だからこそ、そんな刹那に、

 風紀委員達の制止を振り切って、唐突に、応接室へと押し入ってきた獄寺隼人の存在は新鮮だったし、
 彼が纏う色彩は、いっそ暴力的な程に眩しかった。

 すみません、と消え入りそうな声音で謝罪を紡ぐ風紀委員には構わず、
 右の手の指で袖口のトンファーの冷たさを辿りつつ、窓の方へ向けていた書物机の肘掛椅子を、ぎぃ、と回して獄寺隼人へ向き直る。

 獄寺は、射し込む斜陽を鈍く弾くパールグレイの髪を無造作にかき上げ、決然とした歩幅でこちらへと歩み寄ると、書物机の上へ音高く手をついた。
 「今夜、十九時に十代目のお部屋へ来い。」
 「何、それ。果たし合いか何かの申し込み?」
 それにしては場所が無粋だけど、と鼻で笑ってやりながら、
 やっぱりどうにもこうにも彼の色彩が眼に痛いから、こっそりと瞳を細める。

 雪がちらつく早朝の曇天のようなパールグレイの髪と、色素の薄い灰緑色の瞳だけじゃない、
 その肌は眼が覚めるように白いし、彼を彩る銀色の装飾具たちは、彼の微かな所作に併せて、きらきら、と鋭く煌めく。

 昇降口で群れる生徒らの色が隠蔽的擬態色だとしたら、彼のはまさしく、警告色だ。
 己が毒を持っていることを捕食者に警告する、鮮やかながらも毒々しく美しい色彩。

 その、艶やかな色に彩られた人形のような面(おもて)を真っ直ぐにこちらへ向け、
 獄寺隼人は噛み締めるように言葉を紡ぐ。
 「リボーンさんからのご命令だ。守護者を集合させろと仰せつかった」
 「へぇ、赤ん坊にね」
 ぎしり、と背凭れへ体重を深く預け、軽く顎を上げれば、
 獄寺は静かに頷き、恐らくは、
 絶対に来いよ、とか何とか言おうとしたのだろう、その形の良い唇を微かに開いたから、
 そこから声音の欠片がこぼれるより早く、問いを綴った。
 「それで?」

 「それで、って…、何だよ?」
 出端(ではな)を折られ、一瞬気後れたかのように獄寺の作り物みたいな色の瞳が丸くなる。
 その様が他人の眼には、驚くほど無防備に映るのを、本人は知っているのだろうか、なんて、
 そんなことをふと考え、意図した訳ではないのだけれど喉元へ込み上げてきた溜め息を呑み下しながら、
 己の犬歯を、その鋭さを確かめるように、舌でなぞった。
 「まさか僕が、はいそうですかって素直に召集に従うとは、思ってないだろう?」
 獄寺はまだ無防備な色が残る所作で、ゆるり、と一度軽く瞬いたが、
 ふとその瞳を伏せると、厳つい指環に彩られた指をパールグレイの髪の中へ突き入れて、がしがし、と粗雑に側頭を掻き、
 はぁ、と深く息を吐き出しながら、静かにまた貌を上げる。
 そこにはもう、あのどことなく危うい無防備さは無くて、代わりに、
 瞳孔の黒を際立たせる色の薄い灰緑色の虹彩に、好戦的な光華が煌めいていた。
 「そう、思いてぇんだけどな」

 冗談、と吐き捨てるように発し、僕は、
 真正面から獄寺を射て、音も無く唇の端を吊り上げる。
 「赤ん坊からの誘いっていうのは興味深いけど、生憎、僕は沢田と群れる気はない」
 「てめぇの大事な並盛にも関係なくはねぇ話だぜ?」
 獄寺が、両の手を書物机の上に置き、そっと上体を屈めた。
 至近で艶やかな弧を描く形の良い唇に、
 渇望感に似た熱が気道に貼りつき、半ば無意識に喉が鳴る。
 恐ろしいくらい、気分は悪くなかった、だから、
 こちらも、書物机へ肘をついて、
 身を乗り出すようにゆっくりと上体を屈め、互いの間の距離を詰める。
 「それで僕を行く気にさせてるつもり?」
 囁くように紡いでやれば、
 舌打ちを押し隠すように獄寺は目元を微かに引き攣らせた、が、
 別段構うことはせずに、口の端に刻んだ笑みをより深くする。
 「大方察しはつくよ。どうせ、沢田を狙う殺し屋が並盛に入って来たとかだろ」
 ち、と今度は噛み殺すことをせずに獄寺は舌を打ち、こちらの推測が図星であることを認めた。
 「ヴィンディチェでは流石にねぇけど、それに類する牢獄から脱獄したらしい殺し屋だ。詳しい事は、リボーンさんが今夜十代目のご自室でお話になる。だから、てめぇも、」
 「どうしてもその話を僕に聞かせたいなら、赤ん坊をこちらに来させなよ。」
 獄寺の言葉を遮って声音を綴り、
 僕は行かない、と続けた。
 肘をついて組み合せた両の手の指に、静かに唇を付けて獄寺を見上げれば、網膜に焼きつくのは思いのほか細い彼の首筋の白、で、
 知らず、また犬歯を舐めている。

 あの白に紅を散らしてやりたい、と、
 昨今、己の思考にちらつく願望が、痺れにも似た感覚を伴って背骨の髄を下っていく。
 血の紅でも、鬱血の紅でも、どちらでも良かった、いずれにせよ、
 彼が見せる紅は、彼が纏うその他の色と同じく、
 酷く艶やかで美しいだろうことは明白だから。


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