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□ソク.ラティッ.クラブ
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―分かり合ってるふりはいいから、所詮僕らはアリスとテレス、なのになんでどうして何故今日も君はアルキメデス【ソク.ラティッ.クラブ(RA.DWI.MPS)】―

 背後で、がちゃり、とドアの把手が下がり、
 軋んだ音を奏でながら押し開かれたその薄い板の向こうから、何者かが貌を覗かせた気配が伝わってきたけれど、
 僕が眼前に据えたままの視線を動かそうともしなかったのは、一重に、
 その気配がこの家の主のものであろうことが容易に察せたからで、

 扉を押し開けたその彼が、部屋に脚を一歩踏み入れた途端に息を呑み、
 躰を硬直させたまま探るようにこちらを少し窺ってから、恐らく僕だと気付いたのであろう、ふっと呆れたように肩を下げるのを感じても、
 やっぱり、視線をそちらへ向けることをしないのは、
 彼のその反応に出会ったのは何も今日が初めてではなく、僕と、そして彼にとっても目新しいことなんて欠片もない、最早半ば日常と化していたことだったからだ。

 だけれど、今日の僕はいつもと違い、
 四角い窓枠に切り取られた、限り無く黒に近い濃紺色の空に瞬く屑ダイヤみたいな星を、それなりに真剣に眺めていたから、

 来てるんなら電気くらい点けろっていつも言ってんだろ、と溜め息を纏って吐き出された彼の声音と共に、ぱっと光を宿した天井の白熱灯の所為で、
 窓硝子が、きらり、と白んで、今まで映し出されていた青金石のような夜空が霞み、代わりに、
 良く見慣れた、学ランを羽織る自分の輪郭が鏡のように浮かび上がってきてしまったのが面白くなくて、
 渋々ながらも視線を窓から外して振り返る。
 「電気点けないでよ、星見てたんだから」
 「星が見てぇなら外行けよ」

 僕の視界の中に収められた獄寺は、
 じゃらじゃら、と小気味良い金属音を響かせるキーケースをベッドサイドテーブルへと落とすように置き、制服のブレザーから右の腕を引き抜きつつ、
 日本には無い不可思議な灰緑色の瞳を細めた。
 「で?何の用だよ?」
 「別に、特に用がある訳じゃないけど、」
 窓の桟に浅く腰を掛けて、僕は、獄寺の瞳を真っ直ぐに見詰め、
 今日、沢田綱吉が三年の不良に殴られてたみたいだから、と、
 一言一言を噛み締めるように慎重に紡ぐ。
 「君のことだから、沢田を守れなかったって、落ち込んでいるんじゃないかと思って」

 刹那、ひくん、と獄寺の目元が僅かに引き攣った、気がした。
 当たりかな、と思わず唇の端を持ち上げるけれど、
 脱いだブレザーを、ばさり、と少々乱雑にベッドの上へ放る獄寺は、既に、目元に滲ませたその微かな色を完璧に消し去ってしまっていて、
 真相は有耶無耶。
 真意を隠すように挑発的な弧を唇に刻んでこちらに向き直る獄寺の心はやっぱり上手く読めないまま。
 「で、何だっつうんだよ?お優しいてめぇは、傷心の俺を慰めに来たとでも言うつもりかよ?」
 「そうだよって言ったら、嬉しいでしょ?」
 腕を組んで小さく首を傾げてみせる、そうしたら、
 獄寺は、嘲るように、気怠さを押し殺すように、短く笑って、
 滅茶苦茶嬉しいよ、と、
 無造作に髪をかき上げた。

 絡み合う、視線。
 僅かな残滓を残して互いの声音が床の下へと沈んでいけば、ベッドとクローゼットと二、三の家具しかないこの寝室が纏い始めるのは虚無的な沈黙、で、
 どちらからともなく苦笑してしまったのは、
 先の、いかにも分かり合ってます、っていう感じのやり取りが酷く虚しかったからなのか、それとも虚しいくらい幸せだったからなのか。

 残念ながら僕は前者だし、彼も恐らくは前者なんじゃないかと思うのだけれど、
 本当に彼が前者なのかは分からない、だって、
 当たり前だけれど、獄寺が本当は何を考えて、何を感じているのか、なんて、僕には知る由もなくて、
 まぁ、獄寺の声音の響きとか、面(おもて)に浮かぶ色とかで、ある程度察することは出来るけど、それはあくまで“ある程度”だから、所詮、僕らは、
 分かり合っているふり、しか出来なくて、でも、
 分かり合っているふりに、一体何の意味があるっていう訳?

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