ヨークシンシティ編

□#48 優しい涙
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ネオンの病室を後にし、屋上から満点の星空を仰ぐクラピカ。

緋の目を前に気が動転していたが、ようやく気持ちが思考についてきた。



これで、終わったんだ……。



復讐をすると誓ったあの日から、

永く、苦しく、
孤独な旅だった。


もしかしたら、父さんや母さんは敵討ちなんて望んでなかったのかもしれない。

ジイサマは、きっと今の俺を見ていつものように顔をしかめてる。

パイロは、
「クラピカ落ち着きなよ。」って何度も夢で語りかけてくれたよな。



ごめんよ、父さん、母さん。
ごめんよ、みんな。

どうしても、俺はこうせずにはいられなかったんだ。



だけど、もう大丈夫。







ゆっくりと閉じた瞼の裏に、オレンジの髪がふわりと降ってくる……。


【…っ!ご、ごめんなさい!!】

【いや、私は大丈夫だ。
あなたは?】

【はいっ、大丈夫です!】

【なら良かった。】
(5話 『全ての始まり』参照)



ハンター試験の一次試験。
キルアのスケボーに振り落とされたアイリは、すぐ後ろを走っていたクラピカの胸に飛び込んできた。

今思えば、初めて彼女に触れたあの瞬間に、クラピカの運命は変わっていたのかもしれない。


復讐のためだけに生きると思っていた彼の人生は、
アイリと出会って、愛されて、

今こんなにも暖かい。




「…やっと見つけた。」


後ろから聞こえた細い声で、現実に引き戻される。

「様子がおかしかったから、心配してたんだよ?」

そう言って、セナはクラピカの顔を覗き込むように近づいた。

「……顔色、戻ったね。
良かった。」

「………あぁ、心配かけてすまなかった。」

「無理もないよ。
あれ、クラピカくんの仲間の目でしょ?

旅団のリーダーも死んだし、いろんな事が一気に起きて本当びっくりだよね。」

「………。」



なんて単調に話すのだろう。
彼女の口から出る言葉は、いつも驚くほど空虚なのだ。

今この状況で人のことを哀れんでいる暇などないはずなのに、クラピカはこんな風でしか言葉を紡げないセナが可哀想だと思った。

「でもラッキーだった。
クラピカくんの手を汚さずリーダーが死んで。
残りのメンバーも、きっと私がとどめを刺すから。」

「……セナ。」

「なに??」

「……………私はもう、旅団を追うのは止めるよ。」

「………。」


次に続く言葉が容易に想像でき、セナはどうしようもない孤独感に襲われた。

隣に立つ彼の横顔を見れば分かる。

クラピカはもう、“アイリ”との幸せな未来だけを見ていた。



「巻き込んでしまったのに、君に何も返してやることができなくてすまない…。」

「………私はクラピカくんの側に居たい。」

「私が命をかけて守りたいのはセナではない。」

「………分かってる。


だけど……
あの時、一瞬だけど私を受け入れてくれたじゃない。」

「……。」

そう言われたクラピカは眉間に皺を寄せる。




ウボォーの返り血を拭ったあの時…
唇が触れるほど近くにいた彼は、
確かに私を受け入れてくれた。

涙を流すまでのほんの刹那だったけど、あの瞬間の彼は、

“アイリ”と幸せに生きるよりも、私と罪を共有しながら生きることを選んでくれたんだ。



その事実だけで、セナの明日は希望に溢れていた。


「………無かったことにしないでね。」

それだけ言うと、後悔を露にするクラピカに気付かぬふりをしてその場を去った。



今夜の星もあの日のように、恐ろしいほど美しく輝いている。


その時、クラピカのもとに一通のメールが届いた。
力の抜けた手で、ポケットに入っている携帯を取り出す。

暗闇の中ディスプレイに写し出されたのは、シンプルな短い文章だった。



“デイロード公園でクラピカの帰りを待ってるね!”



送信者の名前を見て、はっきりと思う。

彼女は絶対に、運命の人。



私が自信を無くしたり、孤独に呑まれそうになったりする度に、アイリは必ず現れる。


「……アイリ。

もうすぐ帰るよ。」







こうして長かったヨークシンの日々にも、夜明けが訪れようとしていた。


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