IF〜もしもの世界〜

□淡花の願いをつかみとれ
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これは……。

人ではない。山の最奥に位置するこの場所は神域なので人や低級のあやかしは寄り付かない。

なら、あ奴か……。

「そう、かしこまらなくてもいい……」

苦笑交じりに呼びかけると気配の主は遠慮がちに姿を現した。

「お久しぶりです、高於の神」

彼に彼女の二つ名である「高於」と呼ばせたのは、彼女の感覚でいえば先日。

まだまだ子供だが見ていてかなり面白味のある存在だ。

「久しいな。ここ数ヶ月、お前がいなくて退屈になった来ていた所だ」

「……そうですか」

やや迷惑そうな気配をにじませるが高於の神は黙殺をした。

「まあな。天孤一族の中で最も慈悲深き天孤“紫苑”よ」

からかってやると少し非難するような視線を向けてきた。

本当に面白い奴だ。

晴明が事あるごとにからかっていたのがよく分かる。

そんな神の思考を読んだのか、さらに冷たい視線を投じてきた。

「まぁ、そう怒るな。酒の共をしてくれれば聞いてやる」

「……」

しぶしぶと言った体で影から出てきた。

月明かりに照らされた姿は青年だった。

丈の短い異国の黒い衣装を身に着け、その上から明け紫色の丈がやや長い衣を羽織る。

むき出しの両肩は寒そうだ。

吹き上がる春風がつむじのあたりで無造作に括った長い髪を揺らす。

「妖と酒を交わす神なんてその辺の人に言ったら腰抜かしますよ?」

「どう思われようが我の勝手だ」

「……」

「そう目くじら立てるな。ここへ座れ」

自分が座る船形石を叩く神に物言いたげな瞳を向けたが諦めたのか地面を蹴ると示された場所に座った。

神というものは唯我独尊で人の意志では測れない。

特にこの神は……。

「飲め」

酒が注がれた盃を受け取ると青年はそれをゆっくりと傾けた。

焼けるような熱さが喉から胃にかけて流れてく。

―――これはいくら妖とは言えど、酔ってしまいそうだ

渋い顔をしながらもなんとか飲み干すと、彼女に向き直った。

「……本題ですが、近日中に晶霞が来ます。そうしたら、匿って下さい」

「なぜ?」

「凌壽に我が眷属の事をかぎ付かれました。そして、再びこの地に争いがおきます」

「それは分かっている。しかし、眷属とは“あれ”のことか?」

「……」

高靇神はその沈黙を肯定と受け取った。

―――争い、か……

本当にこの青年はいつも何かに巻き込まれている気がしてならない。

空の猪口を拾い指先で少し弄ぶと、先ほどまでの人の悪い笑みを消し真面目な顔になった。

「いいだろう。そのぐらいの事だったら聞いてやろう」

「……ありがとうございます」

ほっと気配が緩む。

しかし、慌ててかぶりを振り気を引き締めなおした。

「もう一つ」

「なんだ」

「晶霞に伝言を頼みたいのですが」

彼女は無言で続きを促す。

「命を無駄にするな、と」

自分を見つめる真剣な瞳を見つめ、承諾した。

風が一瞬、強くなり思わず目を閉じる。

そして、目を開けたとき青年の影はなかった。
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