いただきもの

□大輪の夏
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きらり光る山の緑。

彩る青空に白い雲。

赤い西瓜に黄色いとうもろこし。

甲子園に海に、花火に。



「夏はいいなぁ。」



あらゆる命が輝き、活性される「夏」

いいなぁ、いい。暑いけど、いい。






昌行は、本家の縁側に大の字で横になり、頭をサッシに横たえ空を見上げていた。

風鈴がちりりん、と鳴る。

これも夏の風物詩じゃないか、と感慨耽る。





あぁ、暑い。

暑いんだけど、寝たい。

寝てもいいかな。

いいよね。



夢の世界へダイブしようとしたそのとき、顔にぶしゃっと水がかかりあわてて身を起こした。



「な、なんだ。つめた…ちが、あったかい」

「この暑さだ。我が用意した水も、ぬるま湯に変わったのだろう。」



玄武が、彩りの色の水鉄砲を手にして立っていた。

彼は同じものを持っている太陰に水を発射されて洋服が塗れてしまう。

次いで、同じく水鉄砲を持った浩正が太陰や玄武に発射しながら地面を転がりながらやってきた。

その流れ弾が昌行に掛かる。



「昌行っ、花火見に行こう!!」

「はぁ?」



浩正に引っ張られて、本家の表玄関に来ると双子の親戚で十三歳年上の紗衣と四歳上の多喜がいた。

夏の恒例行事の陣中見舞いか、西瓜にトマトにトウモロコシに枝豆に桃と玄関にずらっと並べられていた。

あまりの多さに呆然としている昌行に、紗衣は笑いながら言った。



「いやぁ、ちょっと用事で奈良の円香ばあちゃんとこ行ったらみんなに渡せって言われてな。美味いでぇ。」



あらかじめ円香が、本家当主の嫁菜月に話をしておいたのだろう。

菜月は付け足すように話をした。



「和歌山の農家の人と贔屓になってるらしてな。食べきれんほどもらったそうなんよ。」

「ばあちゃんとこで桃を呼ばれたけどめっっちゃウマイわ。」

「うわぁ、楽しみーっ!!早く運ぼうよっ。」



西瓜とトウモロコシを抱えた浩正は、外へ飛び出そうと翻す。

それを止めたのは首根っこをとらえた昌行だ。



「待て、どこへ運ぶんだよ。台所はこちらから向かった方が早いぞ。」

「せやで、先にとうもろこし茹でてから運ばんとな。あ、枝豆も枝からとらんと…」

「いや、そういう話でもないですって。」



大した説明もされずに昌行はただ無心に菜月の手伝いをする。

枝付きの枝豆をはさみで切り離し、トウモロコシの髭や皮を剥いたり。

その間にどこかに行っていた紗衣と浩正は、玄武になにか頼みごとをしている。

気になった昌行は菜月に一言いってからそちらに向かう。



「なにしてるのさ。」

「クーラーボックスに入れる氷を買ってくるの忘れてさ。玄武にどうにかなんないかなって相談してたの。」

「残念ながら我は水を出すのはできるが、氷は用意できぬ。」

「いやいや、水出せるだけでもすごいで。」

「こういうのはどうかな、紗衣ちゃん。玄武に小出しに水出してもらって、俺が魔術で凍らせるの。」

「ナイスアイデアや!!」

「コンビニ行って氷買ってくればいい話だろっ」



兄のいうとおりに近くのコンビニへと浩正が駆け出すのを見送ってから、昌行は紗衣に尋ねた。

しかし、それも答えを聞く前に邪魔が入る。



「姉上、いったいなんの準備を…」

「紗衣ちゃん、吉平のおっちゃんから電話きたよ。ゲットしたって。」

「よっしゃっ、多喜ちゃん、食い物持ってウチの車に積み込め。昌くん、その手伝えや!!」

「姉上、説明を!!」

「四の五の言わんと手伝わんかい!!」



尻を押される勢いで紗衣姉上に焚きつけられた昌行は、台所に駆け込み、あとは食べるだけの料理を持って紗衣の車に積んでいく。



紗衣の車は運転手含む九人乗りの普通車では大きい。

車に乗り込んだのは多喜昌行菜月伯母。

それぞれの用事を済ませてきた浩正綾美

そして神将の玄武勾陣物の怪が乗車したのを確認し、紗衣は車を走らせた。

車の後を太陰が本性に戻って風に乗ってついてきている。

彼女は車に乗るより風に乗るほうが好きなのだ。



姉上は高速に乗って南へと二、三十分走らせ、山を一つ越えて市街に降りた。

市街で川に近い船着き場に車を停めた。



車を降りた一同を出迎えたのは 吉平伯父と考明だ。



「船に、いったいどういう用なんですか?」

「まだわからないの、昌行。あんなに道すがら…大勢の人が歩いていたでしょ。」



歩道を歩く人の数が、休日で時刻が夕方の割には多いと思っていた。

しかし、こちらの方に土地勘のない昌行にとって平日と休日の比較するものがなかったのだ。



「いったい、なんなんだよ。太陰は知っているっていうのか。」

「もちろん、花火大会よ。」



そういえば、と昌行は思い出した。

この時期、このあたりで開催される花火大会のことをニュースで話題になる。

雷が何回も鳴り響いているような轟音と共に夜空に大輪の火の花が咲きほこるという。

夏の花火大会としては有名な場所だ。



「まさかっ、船に乗って花火をみるんですか?!」



花火大会とは、川辺や屋根の上、高台で見るものだと昌行は認識している。

そのそばには食べ物や飲み物の屋台が店を開いている。

店から買ったものを食べながら花火を楽しむものだ、というのが世間の常識だろう。

それが、船…とは。



持ち込んだ食材をクルーザーに運び入れながら昌行はそれを皆の前に話した。

確かに、と皆そろえてうなずいた。

だが、一人だけ首を横に振るものがいる。



「ここの花火会場を河原のエエとこで見よう思ったら、どないな目にあうと思ってん?」

「どんな目にあうんですか?」

「人の熱気で熱いわ、写メの音でやかましわ、マナーの悪い客がおるわ、なかなか身動きできんわ…ともかくエライ目にあう!!」

「断言ですか」

「間違いない!毎年近くで見とるしな、んでウチは人混みが嫌いじゃ!!」



嫌いだなんて話初めて聞いた。



もっと話を聞けば川で花火を見る、というのは花火大会では珍しいことじゃないらしい。

なんでも屋形船を貸し切らせてくれる業者もあるとか。

紗衣は元患者のコネで今回船を手配できたらしい。





その彼に船の針路をとってもらいながら、宴の準備を各々が始める。

簡易のテーブルを組み立て、その上にテーブルクロスを敷き、その上に食べ物を置き始める。

既に下準備は終わっているので並べるだけだ。

年長者は海を眺めながら発泡酒を飲む。



タッパーの中のトウモロコシを紙皿にのせながら綾美姉上に尋ねる。



「いきなり、何の説明も無く船に乗せるなんてひどいじゃありませんか。」

「ごめんなぁ、いろんな人に連絡しとると…もうみんなに伝わっとる思てな。」



発泡酒を飲み干した紗衣は、空を見上げる。

陽も暮れて、花火が打ち上げられる絶好のスクリーンが下りていく。

そして陸の会場の喧騒の音が聞こえる。



船のエンジン音が止まる。

あとは川の流れのままながれるのだろう。



料理や食事の準備ができ、テーブルに並び終え全員が着席したのを確認した紗衣は乾杯の音頭を取るために立ち上がる。



「いきなりココの花火見に行こ、言うて…みんな予定開けてくれてありがと。とくに吉平のおっちゃん。忙しいのにホンマおおきに。」

「紗衣、短く済ませよ。打ち上げが始まるぞ。」

「じゃ、邪魔せんといてけぇよ勾陣さん…っ」



勾陣に茶々を入れられて、紗衣の肩が落ちる。

神将の言うとおり、会場のアナウンスが花火の打ち上げ時間があと五分ということを知らせる。



「ウチは、今年の夏は忙しうてな。京都が忙しいっちゅうのに…ウチ、家業の手伝い出来そうにないねや。」

「それは仕方ないですよ。それが姉上の本職なんですから。」

「まぁ、そやけど…みんな走り回ってんのにウチだけなんもしてへんっちゅうの…あれやん?」



彼女は二本目の缶ビールを手首で回しながら呟く。



「今日の休みも、結構無理して取ったもんでな。明日からまた忙しい。」



紗衣はヒーラーでもあり外科医の技術もある。

両方の技術を併せ持っている彼女は、医学界において手放せない存在だ。

昌行は自分たちの労をねぎらうよりも、彼女の身体のことが気になる。

そんなに頑張って大丈夫なのだろうか。



「せめて、みんなの疲れが取れるようにってな。」

「紗衣姉上、貴女の方こそ…大丈夫ですか?」



紗衣はきょとんとした顔で昌行をみた。

彼女は瞬きをニ、三回繰り返してから、昌行の頭を撫で回した。

うっとうしそうに彼は従姉の手を振り払って姉の顔を見上げた。

彼女の顔に疲労の色は見えない。



「そら疲れてない言うたらウソになる。けど、今日の花火をみんなで見たら疲れなんか吹っ飛ぶにちがいない。」



缶ビールを宙に振り上げ、乾杯の音頭を上げる。



「この夏もあと少し、ウチからの陣中見舞いやっ。精つけてぇ!かんぱぁい!!」



みなのそれぞれの飲み物が入った器をぶつける。

口に含んだ後は、食べ物に手をのばして、皆花火が始まるまでのひと時を過ごす。



昌行はオレンジジュースを口に含み、紙コップをテーブルに置き、トウモロコシに手を伸ばした。

黄色い果実にかぶりつくと、ほんのり塩味の聞いた甘味が口に広がる。

塩を少し多めに入れた熱湯でゆでたのだろう。

とても美味しい。



昌行の隣の空席に紗衣と物の怪が座った。

まだ飲み干してもいないのに紗衣は昌行の紙コップにりんごジュースを注ぐ。

リンゴオレンジブレンドジュースの完成だ。



「昌行ぃ、ありがとうな。気ぃ遣ってくれて。」

「いえ…」

「だが、紗衣よ。医者の不養生という言葉がある。お前が倒れて患者になることのないようにな。」

「大丈夫やて。ちゃんと身体は休めてるよ。」



がしがしと白い化生の頭を撫でていると、それが癪に障るのか物の怪は紗衣からビールを奪いとり、それを一気に飲み干した。

あまりの飲みっぷりに紗衣は豪快に笑う。



陸の祭り会場が騒がしくなった。

次いで会場のアナウンスが、打ち上げまで三十秒だと知らせた。

会場の周りの灯りが消されて、カウントダウンが始まる。



その秒読みがこの船でも行われる。

船から身を乗り出すようにはしゃぐ浩正と太陰、それを支える多喜と玄武。

孝明と菜月は朗らかに夜空を見上げ、勾陣は吉平に酒を注ぐ。



夏はまだまだ、これからだ。

実りの秋に備えて、野菜や果物を育てるために太陽の輝きは増すだろう。

でも。







ひゅるるという音と共に幾つもの光の帯が空を舞い上がり、どぉんと音が弾け、大輪の火の花が空に咲いた。

周りの音が聞こえないくらい次々と花が咲いては消えていく。

あまりの見事な花火に、歓声が沸いている。



「昌行ぃ!!」



花火の音に負けないぐらいの大声で紗衣が昌行を呼ぶ。

昌行は頭一つ上の従姉の顔を見上げた。

その顔には一切の負の色などない。



彼女が何か言った。

だけど、花火の音や歓声の声に紛れて上手く聞き取れない。



「すみません、姉上。もういちど…」



と言ったところで昌行は止めた。

その言葉はきっとさほど重要じゃないのだ。




だって、彼女の顔は大輪の花火のように精気に溢れ、まぶしいばかりに輝いているのだから。







始まりの花火が咲く。

終わりの花火というところもあるだろう。



それでも花火は夏の風物詩。

夏の夜を見上げれば、いつもそこに花が咲いている。

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現代双子パロディ「永い時の中で」より

―大輪の夏―

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