IF〜もしもの世界〜
□淡花の願いをつかみとれ
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つかの間の夢
第1章
「懐かしい夢だった……」
単衣姿の老人・安倍晴明はほろ苦い笑みを浮かべた。
あれは確か、自分がまだ赤子の時の光景だ。
自分を見下ろす影。
その白い頬に伝う一筋の光。
その面差しは朧げでわからない。
だが、美しい女性だったことは父から昔聞いたことがある。
しかし、母親は自分が幼いころに消え父も数十年前に亡くなった。
そして、自分は年を取った。
息子や孫たちは独り立ちしこの邸に残るのは次男の吉昌と藤の花の姫だけ。
そして、たった一人の妻と唯一後継と定めた者も亡くした。
あの子は、亡き妻に一番似ていて不器用だけれども信念を曲げない性格も似ていた。
それも、もう遠い昔のようだ。
晴明は懐かしむように目を細めた。
なぜ、一番大切なものほど別れが早いのだろうか……。
◇ ◆
京の都のはずれにある貴船の奥宮。
漆も塗り籠めたかのような闇の中、高靇神は人身を取っていた。
春になりやや温かみを帯びた風が彼女の頬を撫でていく。
見上げた星空の中、見慣れた星が光を増したのを見た。
彼女は神であって陰陽師ではない。なので、それがどう意味するのかははっきりとは解らない。
だが、これだけは言える。
――――あの懐かしい友が帰って来たということを。
くっと彼女は喉を鳴らした。
さて、どういじってやろうか。
あの神将達は目障りなので告げるつもりはないが……。
ふと、気配を感じ高靇神は思考の底から意識を引き戻した。