IF〜もしもの世界〜

□朧の月を照らし出せ
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2012/07/11

第一話 朧

――ごめんなさい…
暗い霧が覆う視界の中、誰かのか細い声が聞こえた。
その人は、誰かに向けて話していた。
――ごめんなさい、私はあなた達を置いて逝ってしまう…
その声はひどく悲しいものだった。
――だから…、私の代わりにあの人を支えてあげてね……
誰かに願うその声は、強く強く心に響いた


まだ肌寒い朝の中、火桶に手をかざし暖をとっていた昌浩は、今朝見た夢について考えていた。
強く強く心に響いた願い。
ただの夢にしてはあまりにもはっきりしていた。
陰陽師の見る夢には意味がある。
「多分、誰かの夢だよな…。相談してみたいけど、あの狸になぁ……」
眉間にしわを寄せ、神妙に呟いたとき、がらりと後ろの妻戸が開いたのを聞きとめ振り返ると物の怪と狩衣姿の少年が入ってきた。
「朝から何神妙な顔してるんだよ、晴明の孫」
禁句の『晴明の孫』を出された昌浩は
「孫言うな!物の怪のもっくん!」
「物の怪いうな!は…ぶっ…!!」
「あーはいはい、そこまで」
いつも通りの展開になりそうなので、狩衣の少年・章貴は苦笑しつつ物の怪の口をふさいだ。
「あらためて、おはよう昌浩」
「おはよう、章貴。今日は早いね」
「まあね、昌浩は朝餉食べた?」
「まだ、けど母上がそろそろ出来るので待ってて下さいって言ったから」
「そっかー」
完全に二人の世界に入っている昌浩と章貴。
そんな二人を微笑ましく見ながら、物の怪は一つ尻尾を振る。
「やー、熱いね〜」
わざとおどけながらパタパタと前足で仰ぐ物の怪に、昌浩とは章貴は首を傾げた。
「もっくん、まだ冬だよ?」
「毛皮が暑いのか?なんなら散髪する?」
本気で訝る二人に、物の怪は目をすがめた。
「この鈍感共め……」
少し将来が不安になってきた物の怪であった。
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