短編夢小説V

□右肩のホクロ
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何も変わらない日常。





葬儀屋と暮らす平和な日々。





そんな日常は、ある一人の女死神の手によって脆くも崩れ落ちていった。





「いらっしゃい」





それはいつもの事だった。





いつものように、店に来た客に声をかける恵梨華。





「・・・・・こんにちは」





少しの間を置いて、吐き捨てるような小さな声で挨拶をする。





その女性は、大きな帽子をかぶり、貴婦人のような装いだった。





ふてぶてしい態度で店内を一頻り見渡したあと、恵梨華が座っていたカウンターの前に歩み寄る。





「あの方は・・・いないのかしら?」





「あの方?あぁ、アンダーテイカーの事ですか?」





「えぇ。ここで葬儀屋さんをなさってると・・」





明らかに今までの客人たちとは違う態度だった。





裏の情報を求めにきたようにも感じられない。





恵梨華の目つきが、少しだけ鋭くなっていった。





「あの・・・失礼ですが、帽子をとって頂けますか?」





「どうして?どうしてそのような事をしなくてはならないの?」





「顔も分からない方をアンダーテイカーと会わせる訳にはいきませんので・・・」





嫌な沈黙が店内に流れる。





恵梨華は疑うような眼差しでその客人をじっと見つめていた。





「・・・・分かったわ」





観念したのか、客人はゆっくりとした手つきで帽子を取った。





晒された素顔。





サラリと零れ落ちる金色の長い髪。





そしてその瞳は、死神特有の黄緑色をしていた。





「ッ・・・・貴方・・・死神・・?」





恵梨華は目を見開いてその姿を見ていた。





動揺する恵梨華と対照的に、その死神は大して気にしていない様子だった。





「さぁ、帽子は取ったわよ?あの方に会わせて頂戴」





勝ち誇ったようなその表情に、恵梨華はギリリと歯を噛み締めた。





「失礼ですが・・・どのようなご関係ですか?」





搾り出したような、震えた声。





葬儀屋の恋人である恵梨華は、突然の女死神の登場に動揺を隠し切れなかった。





「そうね、昔の同僚・・・と言ったところかしら?」





「そう・・・ですか・・」





恵梨華は深呼吸をし、必死に自分を落ち着かせた。





ただの同僚だから、同じ死神ってだけだから。





まるで自分に言い聞かせるように、何度も何度もその言葉を繰り返す。





「それでは、呼んで参りますね」





意を決して立ち上がる。





そして葬儀屋を呼びに奥の部屋へと向かうその時だった。





「あぁ、ひとつ聞きたい事があるんだけど」





不意にその女死神は、恵梨華の後姿に声をかけた。





「えっ・・?」





呼び止められ、反射的に振り返る恵梨華。





「貴方・・・あの方の恋人さん?」





色っぽい唇から放たれたのは意外な言葉だった。





「え、えぇ・・・そうですけど・・・?」





「ふーん・・・」





まるで品定めするかのような目でジロジロと恵梨華を見る女。





そして不敵に微笑んだ。





「昔と随分趣味が変わったのね」





棘のある言い方だった。





その言葉に恵梨華はカチンときていた。





「・・・本当に、ただの同僚なんですか?」





「あら、疑われてるのかしら?じゃあ、貴方は私達の関係・・・なんだと思う?」





挑発するような口調に、恵梨華の腸は煮えくり返っていた。





「それにしても・・・あの方が一人の女性と付き合うなんて・・・随分丸くなったのね」





「・・・それって・・・どういう意味です?」





「あら、貴方・・・何も知らないの?クスッ」





ズキッと心臓が痛んだ。





恵梨華は人間、葬儀屋は死神。





種族は違えど、分かり合えると思っていた。





でも実際、彼の過去なんてひとつも知らなかった。





「ねぇ・・・私と取引してよ」





「ふふ、何かしら?」





「アンダーテイカーを呼んでくる代わりに・・・彼の過去を教えて欲しいの」





「私は構わないけど、貴方が悲しむ内容かもしれないわよ?」





それでもよかった。





今の恵梨華にそれを拒む事など考えられなかった。
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