短編夢小説V

□消えない心
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私は幽霊。





現世に強い未練があり、気付いた時にはこの何の変哲も無い橋の上にいた。





最初は橋の地面に座っていた。





しかし、生きている人間達は私の身体をすり抜けていく。





誰にも見えず、誰にも気付かれず、誰にも触れられず。





それがあまりにも悲しくて、寂しくて。





私は橋の手すりに腰掛けた。





ここにいれば生きている人間達と接触する事はない。





それ以来、私はずっとここに座っている。





日が昇り、そして沈み。





毎日が同じ繰り返し。





私はただ、目の前を歩いていく人間達を見ていた。





私が死んでからどれくらいの年月が流れたのだろうか。





この頃には、私は自分の死因が何かも、どんな未練があったのかも覚えていなかった。





永遠ともとれる長い長い年月の中、私の人としての記憶はどんどん薄れていく。





それでも私はここにいた。





いるしかなかった。





橋を歩いていく人達の時間は動いているのに、私の時間は止まったまま。





同じ橋にいるというのに、こんなにも近くにいるのに。





私とこの人間達には深い深い溝があった。





そして今日も、ロンドンの街には日が昇る。





何も変わらない毎日、永遠に終わらない毎日。





歩みを止めない人間達。





それもそのはず、この橋はただのちっぽけな小さな橋だから。





しかし今日は、いつもとは何かが違っていた。





気付けば一人の男が反対側の端でコチラを向いて立ち止まっている。





「・・・・・・?」





何だろうと思い、私は後ろを振り向いた。





そこには別に何もない。





立ち止まるほどの綺麗な景色も、珍しいものもない。





不思議に思った私は、もう一度視線を元に戻した。





しかし、その男の姿はもうどこにもなかった。





その日を境に、私のいつもの日常は変わっていった。





誰も立ち止まらなかった日常は、その男の出現によって崩れていく。





男は毎日のように現れ、同じ場所で私をじっと見つめていく。





雨の日も、風の日も、雪の日も。





男が現れない日はなかった。





私はそんな変わった男に、徐々に興味を持っていった。





人間の心なんてとうになくなっていると思っていたのに。





そして、運命の日は突然やってきた。





それは男が来るようになってから3回目の冬の出来事だった。





私はいつものように男が来るのを待っていた。





「そろそろ・・・だと思うけど・・」





その日は男が中々現れなかった。





私はそわそわしながら辺りをキョロキョロ見回していた。





しかし、男の姿はどこにもない。





毎日、どんな日でも欠かさず来ていた男が、今日は来ない。





時間は無常にも過ぎていく。





気付けばロンドンの街はオレンジ色に染まっていた。





「今日は・・・来ないのかな・・・」





私の心は孤独感に支配されていた。





それは遠い昔の懐かしい記憶のようで。





私は居ても立っても居られなくなり、何千年と座り続けたその場所から立ち上がった。





その時だった。





―ぴゅうぅぅぅ・・





橋に、強めの風が吹いた。





気付いた時には、目の前に立つあの男が。





「・・・・・・・・」





長い銀色の髪をなびかせ、無言のまま私の目の前に立っている。





こんなに間近で見たのは初めてかもしれない。





私は動く事もその男から目をそらす事も出来なかった。





―ぴとっ





左頬に温かい感触。





「えっ・・・?」





私は酷く混乱した。





確かに感じる手の感触。





触れる事が出来ないはずの私の身体に、この男は触れている。





私は驚き、目を見開いていると、男は静かに笑った。





「ヒッヒッヒ・・・やっと小生を愛してくれたんだね」





「え・・?」





この男が何を言っているのかが分からない。





「小生はね・・・悲しげに人間達を見つめる君のその瞳に・・・恋してしまったんだよ」





「私の声・・・・聞こえるの・・?私が見えるの・・・?」





「ヒッヒ・・・小生が君をどれだけ見続けていたか・・・それは君が一番よく知っているだろう?」





「うん・・・」





その日を最後に、私の終わらない毎日が終わりを告げた。
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