超短編夢小説V

□注射、怖がらないで
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「いーやーだー!!」





静かな店内に響き渡る恵梨華の声。





今、ロンドンの街では、とある伝染病が流行っていた。





葬儀屋は恵梨華に予防接種を勧めるも、恵梨華は頑なに拒んでいた。





「う〜ん・・・困ったねェ・・・」





何度も説得を試みるが、一向に恵梨華の意思は変わらない。





「ほ〜ら、恵梨華?注射が終わったら小生が特製のクッキーを焼いてあげるよォ〜?」





「やだ!注射するぐらいならイラナイ!」





カウンターのふちに必死にしがみつく恵梨華。





薄っすら涙を浮かべている恵梨華を、葬儀屋は強制的には連れて行けなかった。





「注射なんてす〜ぐに終わっちゃうんだよ?ぜ〜んぜん痛くないよ〜?」





恵梨華の緊張を少しでも解すべく、葬儀屋はパァッと明るい笑顔を作った。





「やだ・・・痛いもん・・・」





葬儀屋の努力も虚しく、恵梨華はフイッと顔を背けてしまった。





「・・・一瞬で終わってしまうんだけどねェ・・・」





ズーンと肩を落とす葬儀屋。





とぼとぼとした足取りで、恵梨華の向かい側のカウンターに腰掛ける。





「恵梨華は・・・何が一番怖いんだい?」





「えっ・・・?」





その真面目な声色に、恵梨華は思わず葬儀屋の顔を覗き込んだ。





長い前髪の隙間から見える黄緑色が、不安そうに揺れていた。





「小生が一番怖いコトはね・・・恵梨華、君を失うコトだよ」





その長い指が恵梨華の頬に添えられる。





まるでガラスでも扱うかのように、優しく、丁寧に。





「人間はか弱い・・・今流行りの伝染病に、万が一かかってしまったら・・・」





「アンダー・・・テイカー・・・?」





「小生は怖いんだ。恵梨華を失うコトになってしまいそうで・・・」





添えられた手が微かに震えている。





恵梨華はどうする事も出来ず、葬儀屋の手をそっと握った。





「ごめんね、アンダーテイカー・・・でもやっぱり私・・・」





「(・・・泣き落とし作戦もダメ・・・か)」





真剣に悩む恵梨華とは対照的に、葬儀屋は口をへの字に曲げていた。





食べ物で釣っても駄目、泣き落としも駄目。





葬儀屋は恵梨華に悟られないように小さな溜め息をつき、次なる作戦を考えた。





「ア、アンダーテイカー・・?」





黙り込んでしまった葬儀屋に気まずさを感じたのか、恵梨華が声をかける。





「ん・・・?どうしたんだい?」





恵梨華の声に気付いた葬儀屋は、不思議そうに首を傾げていた。





「な、何でもないよ」





そのけろっとした態度に、心配していた自分が恥ずかしくなる恵梨華。





「ああ、そうだ。ねぇ、恵梨華〜?こういうのはどうだ〜い?」





「ん?なーに?」





「恵梨華はどうしても注射が嫌なんだろ〜う?」





”注射”という単語が出た途端、恵梨華は再びカウンターのふちにしがみついていた。





「嫌!嫌!注射やだ!」





嫌嫌と首を必死に振る恵梨華。





すると葬儀屋は、どこからともなく注射器を取り出していた。





「え・・・?」





「ぐふふ・・・仕方ないなァ〜?それじゃあ小生がやってあげるよ」





突然の出来事に身動きひとつ取れない恵梨華。





そして恵梨華が痛がる間もなく、あっという間に予防注射は終わっていた。





「はい、終わったよぉ?ヒッヒッヒ〜」





「ッ・・・・・・・!?」





ハッと気付いて自分の左腕を確認すると、白いガーゼが貼られている。





開いた口が塞がらなかった。





「え・・・・・あ・・・・・・え?」





「ヒ〜〜ッヒッヒッ♪」





困惑して言葉を発する事が出来ない恵梨華。





そして静かな店内には、葬儀屋の笑い声だけがこだましていた。



-END-

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