超短編夢小説V

□終わらない幸せ
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本当に好きな人とは付き合わない。





付き合ってしまえば、いつかそれは終わりが来てしまうから。





お互いに恋人がいて、それでも私達はこうして密会を重ねている。





―貴方も・・・私と同じなんでしょう・・?





「ヒッヒ・・・いらっしゃ〜い」





月明かりが優しく彼を照らす。





私達が会うのは、いつもこの時間。





私は太陽の下で輝く葬儀屋を見た事がなかった。





「今日は上機嫌なのね」





いつもに増して上機嫌な葬儀屋。





私は少し不貞腐れながら棺の上に腰掛けた。





「ぐふふ・・分かるか〜い?」





ビーカー片手に近づいてくる葬儀屋。





そのビーカーを私の隣に置いて、私の前にかがみ込む。





「彼女がね・・・・暫くロンドンの街を離れるみたいなんだ」





その綺麗な黄緑色の瞳が、私を捕らえて放さない。





「りょ・・・旅行かしら?」





「ああ、そうだよ。なんだか解放されたみたいで気持ちいいだろう?」





クスリと不敵に笑う葬儀屋。





その一つ一つの仕草が私の恋心を強く揺さぶっていく。





「そんな言葉・・・・彼女さんが聞いたら悲しむと思うわ」





動揺を悟られないように。





私は嬉しい気持ちを心の奥深くに仕舞いこんだ。





「まァ〜そうだろうねェ〜・・・・でも・・」





葬儀屋の細い指が、私の手に絡みつく。





「暫くは彼女に遠慮なくキミに逢える・・・素敵だと思わないかい?ヒッヒッ」





心の中を全て見透かされているような瞳で見つめられる。





高鳴る心臓を押さえる為に、私は小さく深呼吸をした。





「私にも彼氏がいるのよ?状況は今と変わらないわ」





「ツレないねェ・・・・・ま、そんなトコも好きなんだけどね」





平気で愛を囁く。





それが彼の本心だから。





「私も好きだよ、アンダーテイカー」





愛おしそうに銀色の髪を弄れば、私は葬儀屋に抱き寄せられる。





寒いはずのロンドンで、この一室だけはこんなにも暖かい。





見つめ合う二人はまるで恋人のよう。





それでも私達は付き合っていない。





「愛しているよ、恵梨華・・・」





綺麗な黄緑色が美しい銀色で伏せられる。





そして柔らかな唇が、私に押し当てられる。





「んっ・・・・」





私もそれに応えるように、目を閉じる。





甘く切ない濃厚な口付け。





私達はそれ以上の行為は決してしない。





舌と舌を絡め合い、互いの味を確かめ合う。





そしてゆっくりと唇が離れていく。





「・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・」





乱れた息、お互いを繋ぎ合う透明な糸。





私はその余韻を味わうのが大嫌いで、サッと唇を拭った。





そんな様子を見ていた葬儀屋が、ニッと口角を上げる。





「それでいい。小生たちはコレでいいのさ」





再びギュッと抱き寄せられる。





「ぐふふ・・・小生たちは似た者同士かもね。・・・・・失う怖さから逃げているだけの臆病者」





低く耳元で囁かれる。





その低音がとても心地良い。





「そうね・・・・だからこそ惹かれ合うんでしょうね」





「ヒッヒッヒ〜、いつかキミを・・・・手に入れてみたいねぇ〜?」





冗談っぽく言う葬儀屋を、私は突き飛ばしていた。





「・・・・・私は今が一番幸せよ」





心に余裕があるから今を楽しめる。





葬儀屋に溺れるのが怖くて、失うのが怖くて。





だから手に入れようとはしない。





「だから・・・私達はこれでいいの・・」





私や葬儀屋の首に腕を回し、そっと口付けをした。





―チュッ





切ないリップ音が、静かな店内へと消えていく。





終わらない永遠の幸せ。





だって私達はまだ始まってもいないのだから―。



-END-

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