頂き物
□伝説と新人U
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カツンッ…!
満月が辺りを優しく照らし、人々の数も疎らになった頃、夜のロンドンに一人の死神が降り立った。
カツコツカツコツ…
闇夜の中、全身に淡い月明かりを浴びながら、長い艶やかな金髪を靡かせ歩く。
カツコツカツンッ…!
その足が、とある店の前で止まった。
水牛や棺のオブジェに囲まれた、一際不気味な雰囲気を醸し出す建物。
葬儀屋【Under taker】
此処こそ、恵梨華がお使いを頼まれた場所だった。
「…懐かしいな」
伝説の死神と呼ばれる彼から【特訓】を受けたのは、ほんの数か月前のはずなのに、ずっと昔の事のように感じてしまうのは何故なのだろう。
店の扉の前で、そんな事を思っていると、不意に後ろから声が掛けられた。
「失礼。このような時間帯に、レディーがお一人で訪れる場所とは思えませんが…」
「…え?」
「このお店に何かご用ですか?」
「…あの、私は」
執事の恰好をした男性に、ニコリと綺麗な微笑みを向けられ、恵梨華は戸惑うように視線をさげた。
しかし―――。
「おや、これは珍しい。こんな所で死神のお嬢さんにお会いできるとは」
その言葉に驚き顔を上げると、真っ赤な血のような色をした瞳に見つめられていた。
「…っ!?あ、悪魔!?」
「フフッ…身構えなくても大丈夫ですよ。今の私は首輪付きの身ですから」
「・…っ!?」
一歩後退ると、長い指が伸びてきた。
白い手袋をした指先が、恵梨華の顎をクイッと軽く持ち上げる。
「それにしても、珍しい瞳の色ですね?」
「あっ」
「死神にしては深い…まるで春の深緑を連想さるような燐光です」
「は、離して…」
死神らしくない怯えた反応に、セバスチャンは物珍しそうに笑みを浮かべた。まるで獲物を捕らえた獣のように、その赤い瞳がスッと細められる。
「フフッ…おやおや、震えていらっしゃるのですか?」
ギイィィィーーーッ…
「―――っ…!?」
その時、店の扉が重苦しい音を立てて開いた。
「…執事くん。その手を…お離し?」
すると、扉の前に葬儀屋の姿があった。
「フフッ…葬儀屋さんのお知り合いですか?」
「…聞こえなかったのか〜い?」
密着する二人の姿に眉を寄せると、葬儀屋は再び低い声で告げる。
「その手を離せと、言ったんだけど?」
「貴方が感情をむき出しにされるとは…珍しいですね」
未だ離れる様子がない事に苛立ったように、葬儀屋はデスサイズをゆらりと取り出してきた。
「どうやら、その首…刈り取られたいらしいねぇ?」
「フフッ…なにやら、お取込みのご様子」
セバスチャンは悪びれる様子も見せず、スッと彼女から手を離すと、一歩飛び退くように後退した。
「今日のところはこれで…後日日を改めて、またお伺い致します」
そう告げると、セバスチャンは優雅にお辞儀をし、直ぐにその場から姿を消した。
「…あ」
緊迫した状況から解放され、恵梨華が我に返ると、心配そうに顔を覗きこむ葬儀屋と目が合った。
「あ、あの…」
「…よく来たね。まあ、お入りよ」
ガチャッ…
ギイィィーーーッ…
葬儀屋は扉を開けると、恵梨華を手招きし中に入るように促した。