頂き物
□夢幻狂騒曲
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「アンダーテイカー」
何処かで、葬儀屋を呼ぶ声が聞こえた。
「テイカー」
心地好いその声音を、葬儀屋は瞼を瞑ったまま、夢現で聞いていた。
「ねぇ、テイカー、大丈夫?」
―――ああ、勿論大丈夫だよ。
君が来てくれなかったら
かなり危なかったけど…。
また、君に助けられてしまったねぇ。
ぼんやり、そんな事を思っていると―――。
「ねぇ、テイカー!生きてるなら、目を開けてってば!」
「………へ!?」
パチッ…!
その衝撃の一言で、葬儀屋は一気に目を開けた。
「はあぁぁ…。よ、よかった〜」
「…え?恵梨華?」
ホッと安堵の表情を浮かべる彼女を前に、葬儀屋は不思議そうに首を傾げる。
―――えっと?ココは〜?
何度か瞬きした後、葬儀屋は辺りを見回した。そして、今自分がいる場所が、二人の愛の巣と言ってもいい恵梨華のベッドの上だと気付く。
「ホントに大丈夫?凄く魘されてたよ」
「う、魘さ…れ…?」
「うん。凄かったんだよ?唸り声は上げるし、身悶えるし…ほら、汗もこんなに…」
そう告げると、恵梨華は自分の着ていた夜着の袖で、そっと葬儀屋の額や頬を拭ってやった。
「お水、持ってこようか?」
「…いや。大丈夫だよ」
未だ心配そうに顔を覗きこむ彼女に、葬儀屋は苦笑を浮かべる。
「どうやら、…夢を、見てた…みたいだ」
「夢?もしかして、嫌な夢?」
「……まぁ、ね」
葬儀屋は軽く頷くと、不思議そうに首を傾げた。
「でも、どうしてそう思ったんだい?」
「だって、凄く苦しそうに魘されてたから」
そんな言葉に、葬儀屋は再び苦笑を浮かべた。
「ま、まぁ…ある意味、危なかったからねぇ」
「…ん?」
「それにしても、あんな生々しい夢は初めてだよ。もともと、あまり夢は見ない性質なんだけど…」
葬儀屋はポツリと漏らすと、自分の手首をジッと見つめた。
未だ残る冷たい枷の感触
肌を執拗に弄る、大きな手。
そして、ねっとりとした
生暖かい舌の感触。
ゾクッ…!
「今も、感触が残ってる」
思い出すだけで、嫌悪感が体中を走り抜けた。
怒りを押し鎮めようと、葬儀屋が手をギュッと握りしめていると、その手の上に恵梨華の手がそっと乗せられる。
「大丈夫だよ。全部、夢なんだから…ね?」
「…まあ、そうなんだけどねぇ」
葬儀屋はフッと笑みを浮かべると、恵梨華の長い髪をひと房掴み、そのまま恭しく口づけた。
「テ、テイカー?」
「ああ、恵梨華の匂いだ」
「……あ、当たり前でしょう」
顔を真っ赤に照れている彼女を横目に、葬儀屋はそっと目を閉じた。
まだ、記憶の片隅に
悪夢の残像が残っていた。
溶けた蝋燭の匂いと
下卑た男達の笑い声
自分に注がれる好奇の視線
「―――っ…」
葬儀屋が苦しそうに眉を寄せていると、それに気付いた恵梨華が顔を覗きこんできた。
「アンダーテイカー?」
心配そうに覗き込む大きく澄んだ瞳。そこに、自分の情けない顔が映り込んでいるのに気付くと、葬儀屋は困ったように微笑んだ。
スッと手を伸ばし、恵梨華の頬に手を添える。
「…そうだねぇ。恵梨華の、この柔らかい身体を、今すぐ自由にしていいなら、…すぐに忘れられるかも…」
「…っ////////」
「小生の五感全てを、恵梨華でいっぱいに満たしてほしいんだ」
葬儀屋の熱を孕んだ妖艶な微笑みに、恵梨華は顔を真っ赤にすると、戸惑うように視線を彷徨わせた。
「ち、ちなみに…ど、どんな夢を見たの?」
「あの伏魔殿でのやり取りだよ。あの鬼畜にいいように嬲られた、あの日の…」
「それって、つまり―――」
恵梨華は、先ほどの葬儀屋の姿を思い出した。
呼吸を激しく乱し
額に薄っすらと汗を滲ませ
まるで苦痛に耐えるように
形の良い眉を寄せ
時折、唇からは
小さな呻き声が上がっていた。
その時、恵梨華の頭に、とある光景がフラッシュバックされる。