お話

□おかえり
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トリグラフは相変わらずの曇天模様だ。
ルドガーはマンションフレールの窓からぼんやりとそんな事を思う。
旅の途中、こうして自宅に帰ってこられたのはガイアスとローエンの仕事の都合のおかげだ。
遊び人アーストを名乗って国中をふらふらしていては、正規の仕事が滞るのも当然のことで。
とりあえず一日でも政務を片付けてくることになり、その間他の面々は自由行動のお達しを受け今に至るのである。
ガイアスの渋々といった表情を思い出し、ルドガーは一人笑った。
エルとルルは今頃ミラ、エリーゼと共にショッピングを楽しんでいることだろう。
夕刻までは一人でゆっくりできそうだ。

「ご飯、何にしようかな」

ぼそりと呟く。
ゆっくりとはいえ、料理以外に大した趣味もないルドガーは少々暇をもて余してしまうのだ。
久しぶりに凝ったものでも作ろうか、そう思い立ち冷蔵庫の中身をチェックしていた矢先に玄関のベルが鳴った。
エル達が帰ってくるにしては時間が早いように思うが。
来客にしても誰かが訪ねてくるような用事は思いつかない。
何にせよ、待たせるのも失礼だと玄関を開ける。

「ルドガーくん、メシ食わしてー」

以外…でもないが、おおよそ来るはずもない人物がそこに立っていた。

「アルヴィン?」
「腹へって死にそう…」

勝手知ったるとばかりにずかずかと室内に入り込み、椅子に腰を下ろすと「死にそう」な顔をしてみせた。
アルヴィンも確かユルゲンスとの仕事をこなしていたはずだ。
マッチングだと言っていたが、もう交渉は済んだのだろうか。
そう訊ねてみれば。

「相手に急用ができたみたいで、また後日にって話になっちまってさ。ユルゲンスとメシ食うとどうしても仕事の話になるし。かといって一人もなーって考えたところで、ルドガーくんの顔を思い出しちゃったわけよ」
「俺の顔がマーボーカレーにでもなってたか?」
「いやー、人間空腹になるといろんな幻覚が見えるよなー」

ははは、と笑った側からアルヴィンの腹が盛大に鳴り響く。
とにかく彼がとても空腹なのは分かった。
これでは凝った料理を時間をかけて作るどころではなくなったな、と冷蔵庫を再び開け、手っ取り早く出来上がりそうな料理を頭に浮かべて食材を取り出した。



「ごっそーさん!」

アルヴィンは顔の前で両

手を合わせ、食事の終わりを告げた。
品数は三品、かなり大盛に付けた筈なのだがアルヴィンはすべてきれいに平らげてしまった。
作る側としては気持ちいいことこの上ないが、腹具合は大丈夫なのか心配になってくる。

「どういたしまして」
「ホント旨いよ、ルドガーのメシ。これならいつでも嫁に出せるわ」
「…」
「スルーはやめて」

相変わらず突拍子もないことを言う。
そういえば昔、兄ユリウスにも冗談でそういったことを言われたことがあった。
あの時は自分は男だから嫁じゃなくて婿だと真剣に怒った記憶がある。
懐かしい思い出だ。

「あれ?ルドガーくん怒っちゃった?」

スルーの後、黙ったままでいたルドガーにアルヴィンは顔色を窺ってきた。
怒らせても特に気にしてなさそうな表情がまた腹立たしい。

「別に。アルヴィンって同性を敵に回すタイプの人間だなと思ってただけだ」
「…何気にキツイこと言うよな、オタク」

この家に人がいて、こうして食事をして他愛のない話をして。
やわらかく暖かな時間はどうしても家族を思い出してしまう。
比較をするのではない。
優しい思い出に包まれるのだ。

「どうした?」

突然、アルヴィンが今度は怪訝な顔で問いかける。

「ん?何が?」
「なんかニヤニヤしてんだけど。怒りすぎて笑えてきた?」
「そんなんじゃないよ。別に怒ってないし」

よく感情が顔に出やすいと言われるが、思い出で笑んでしまうとは思ってもみなかった。
アルヴィンに怪しまれてしまうほどに。

「家にさ」
「ん?」
「人が居るのっていいな、と思って」

ただ一言、それだけでアルヴィンはルドガーが何を思い描いていたのか分かってしまったようだ。
あまり見せることのない優しい笑みを浮かべると、ルドガーの頭に手を置いてぐしゃぐしゃとかき回した。

「いつか、ここに戻ることがあったら言ってやれよ」

おかえり、ってさ。

誰に、とは決して言わなかったけれど。

ルドガーは小さく何度も頷いた。





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