長編
□第2.5Q
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あー、入学式とか、かったりー。
ホームルームとやらもいらねえよ。
俺は早く部活に行ってバスケがしてえんだって。
なんて考えてる時に教室に入ってきた、あいつ。
一瞬で、目を奪われた。
腰までさらりと流れる黒髪と、それとは対照的に透けるように白い肌。まるで精巧につくられた人形みてえな顔は、何度見ても見慣れることなんてないだろう。
たぶん、クラスの奴ら全員がそんなあいつに惹き込まれていた。さっきまであんなに騒がしかった教室が、今は物音一つしない静寂に包まれたのがその証拠だ。
そんな注目を一身に受けたあいつは
あろうことか
―――こけかけた。
クラスが微妙な空気に包まれる。
が、あいつは何事もなかったかのように動きだした。
ありえねー、今の動きはありえねーだろ。
それを無かったことにしようとするあいつはもっとありえねえ。
なんかよ、その空気のいたたまれなさに負けて笑っちまった。ほら、緊張の後の一瞬って逆にすげー気が緩むだろ。そんな感じで。
笑い混じりにからかうと、一瞬にしてその色白の頬が朱を帯びる。
それはまるで、完成されたと思われた芸術作品が息を始めたようで、
今まで観賞用だったものが、やっと手の届く所に来たようだった。
(その表情は、悪くねえ。)
その後の、自己紹介でもしとくか、という担任の一声で始まった自己紹介。
特に言うこともねえし適当に流しつつ。
だがさっきのあいつが教壇に立った瞬間、空気が変わるのを感じた。クラスの奴らも全員、人形みたいなあいつに多かれ少なかれ興味をもっているようで
みんながみんな視覚で、聴覚で、あいつを知りたいと気を張りつめた。
まあ、俺もそのうちの一人って訳だが。
「夕凪蓮、よろしく。」
…ぶはっ、何だあいつ。そんな無表情でよろしく、はねーだろ。
あー、やっぱあいつ、おもしれえわ。
放課後あいつ、夕凪が俺の所に来て
自己紹介とか色々考えてたのに、色黒君のやる気のない自己紹介のせいで全部吹っ飛んじゃったじゃない、とかなんとか言ってた気がするが
知るか、お前の方がよっぽどやる気なかっただろ、それより何だ色黒君て。でも口に出すと女ってのはめんどくさいもんだってことは長年の幼なじみのせいで身に染みて知ってるから口には出さない。かわりに、へーへー、それは悪かったな。と言うとすぐ満足したみたいだ。
さっきまでとはうってかわって笑顔で
「そういえばあなた、すっごい日焼けよね。でも、バスケ部に入るんでしょ。外でも練習ってするの。」
なんて心底不思議そうに言われたから
腹が立って一発小突いてやった。もちろん多少は手加減して。
「うっせーよ、これは元々だ。」
そしたら、飛び膝蹴りが返ってきた。
くそっ、いってー。
あいつ、ぜってえ女じゃねえ
俺は認めねえぞ、次は手加減なんかしてやらねー。
そんなやりとりの最中にも、ちらちらとこちらを伺っている視線を感じる。どうやら夕凪に話しかけたいがなかなか勇気が出ないらしい。
そういえばあいつ、顔が整いすぎているせいもあって近寄りがたい雰囲気出してるもんな。
…まあ、中身はただの馬鹿だけど。
おまけに俺も一緒にいるからということもあるだろう。自分の目付きが悪いのは自覚済みだ。
話しかけりゃ、あいつはその顔に笑顔を浮かべてそれに答えるんだろう。
少し見てればわかるっつーのに、めんどくせー奴らだな。
――だからといって、それを奴らに教えてやる気はさらさらねえが。
他の奴らと喋ってる夕凪を想像するのは、なんとなく、おもしろくねえ。
この時奴らに感じた優越感。
(あいつが馬鹿なのは、今は俺だけが知ってればいい、なんて)
冬苺:『独占欲』