長編

□第4.5Q
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―――彼女の手を掴んだのは、無意識だった。


確かにお菓子のあまーい匂いがしたのは本当。でも俺だってそんな誰彼構わずお菓子をねだる訳じゃない。

それに、見れば見る程綺麗な顔をしてる彼女だけど、そんな彼女の見惚れるような整った顔に気付いたのも、彼女の腕を掴んだ後だった。


―――何が自分を突き動かしたのか





まあ考えてもわかんないものをいくら考えてもわかんねーし。


とりあえず彼女の持っているであろうお菓子をもらうことの方が今の俺には重要だ。



彼女も最初は俺にびびってるみたいでびくびくしてた。

今までこの身長のせいで怖がられて逃げられる、なんていうのはしょっちゅうだったから
(ああ、またか。)
なんて思ってたけど、予想に反して彼女はおどおどしながらも、俺と比べれば小さい身長から真っ直ぐと俺の瞳を見上げてきた。

何だかそれが小動物みたいで可愛くて、
しかも彼女の瞳は真っ黒なのにきらきらしてるから
(おいしそうだな)
なんて考えて。

(彼女が草食、俺が肉食)
そんな想像をするとおもしろかった。

彼女が草食動物ならば、きっとすぐに捕まりそうだ。
だけどみんな彼女に魅せられて、結局食べることなどできやしない。


そんな彼女が鞄から取り出したお菓子は大量で、こんなことを言ってはあれだけど見た目のイメージとだいぶ違うから驚いた。

しかもそれを半分もくれるなんて。


それからもらったお菓子をもう一度見て

(あ、俺の好きなまいう棒もある)

なんて楽しくなってるときに彼女が話しかけてきたものだから、返事が適当になったのは許して欲しい。


だけどそのとき彼女が俺を

『子どもの参観日を観に来た母親』

みたいな目で見てきたからなんかムカついた。



それから少しだけ、他愛もない話をした。




―――この短時間でわかったことだが、彼女は大抵のわがままは許してくれる。

そのときの、仕方ないなあ、なんてちょっと困ったように笑う顔は好きだ。甘やかしてくれるのも嬉しい 。

けどその後に、さっきみたいな生暖かいばあさんみたいな目で見られると、胸の中がもやもやする。

(何でだろうなー)

まあ別に、理由なんてどうでもいいけど。


今はただ、甘やかしてくれるあの腕を手放したくない。

(赤ちんは甘やかしてはくれねーし)

なんてそこまで考えて、部活に行かなきゃいけないのを思い出した。

バスケを特別楽しいとは思わないけど赤ちんに怒られるのはいやだ。

だからさっき名前を聞いた彼女、凪ちんにバイバイって言おうとして、ふわりと香った匂いに動きを止める。


(この匂いだ。)

――思い出した。
たしか最初に凪ちんを見たときもこの匂いが香って、それに惹かれるように手を伸ばしたんだった。


もっと近くでその匂いを嗅ぎたくて凪ちんを引き寄せる。

確かめるように彼女の首もとに顔をうずめると、安心させてくれるような、無条件な優しさを孕んだ香りが鼻腔をくすぐる。

(おいしそうだ)


本能のままにその香りに誘われて、彼女の首筋をぺろりと舐める。

特においしい、って訳じゃなかったけど、その瞬間に聞こえた彼女の甘い声と赤くなった頬を見て、今まで食べたどんなお菓子よりも甘い味がした気がした。





彼女はまるで、食虫植物みたいだ。

綺麗な顔で無害を装い、

その甘い香りで人を惑わせ引き寄せる。

(そうなると俺が草食で凪ちんが肉食か…)

食べる彼女に食べられる自分。

なんだかさっきの想像と立場が入れ替わってしっくりこない。




(やっぱり俺は肉食がいい。野菜はあんまり好きじゃないし。)




それにきっと彼女なら
虫を捕らえる彼らのように
葉を閉じたりは、できないのだろう。



(やっぱり彼女に食虫植物は似合わない)






――――――それでも


そこにあるのが食虫植物になった凪ちんなら、例え俺が肉食でも
甘い香りに誘われて、口に含んでしまう気がした。



(きっと甘くておいしいんだろうな)



(食虫植物が、いつも捕食者であるとは限らない)
















ヒメノカリス:『魅惑のささやき』

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