長編番外編

□鈴蘭が咲くころに
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暑くもなく寒くもなく、柔らかい春の日差しが差し込む、五月のある日。








「んー、やっぱこの季節いいわー。し、あ、わ、せ…」


最近は朝早く登校して、日の当たる窓際で皆が来るまで昼寝(朝寝?)するのが日課になってる。


「幸せなのは喜ばしいことだけど、そろそろ退いてあげないとその席の人が可哀想よ」


その声にはっとして辺りを見渡すと、困ったような顔でこちらを見つめる男の子と目が合った。

「ごごご、ごめんなさいっ!」

「い、いや、そんな謝らなくてもいいけど…」

「ほんとごめん山本くん!」

「い、いや、俺の名前岩本だけど…」


「「………」」


「…ほんっとにごめんなさーい!」


本気で申し訳ない。

ほら、利奈の目も呆れてる。


「ごめんね岩本、蓮も悪気があったわけじゃないの」


……り、利奈が…利奈が優し、

「ただ興味がないことが全然記憶に残らないだけで」

くなかった!

「ちょ、利奈それ全然フォローになってないよ!私どれだけ失礼な人間なのかと思われるじゃん!」

「あれ、間違ってた?」

「う…ま、間違ってはないけど…」


これ以上墓穴を掘りたくはないので黙ってみる。



―――ザワザワザワ



「あれ?何か今日、騒がしいね」

「…たしかに」


しかもざわめきが近づいてくる。


「なんかあっ「すませんっス、ちょっと通してくださーい」」


なんかあったのかな、って言おうとした声が遮られ、次いで人混みから黄色い頭が飛び出した。


「あっ、蓮ちゃん!」


…なんかめんどくさそうな気がするから無視しても、

「蓮ちゃん無視なんて酷いっスよ、泣いちゃうっスよ」

「はいはいどうぞ。そしたらきっと大勢の女の子が慰めてくれるから安心して」

「きついっスねー。蓮ちゃんは慰めてくれないんスか?」

「……で、何の用?」

「あ、そうだった!今日の放課後暇っスか?」

「えー、今日か…帰宅部の活動がいそがし、」

「暇ってことっスね」

「…まあそうとも言う」

「じゃあ放課後迎えに来るっス!また後で!」




「……えー……どうしたらいいと思う、利奈さん?」

「ま、頑張って」


やっぱり利奈は利奈だった。















「あら、帰るの?」

「うん、私まだ平和に生きていたい」


なんせ彼にはファンクラブというものがある。

彼に話しかけるのはもちろん、彼に話しかけられただけで制裁という名の腹いせがあるのは周知の事実である。


廊下から顔を出す。


(右よし。左よし)


「じゃ、また明日っ!」


明日学校で怒られるだろうなあ。
あ、いや拗ねるかもしれない。

でも私行くなんて一度も言ってないし。


「あ、やっぱりこっちに来たっスね」

「…げっ!なんで黄瀬君」

そこには下駄箱に背を預けた彼が。

ていうかこの人、つい二ヶ月ほど前までランドセル背負ってたんだよね…

「…似合わない」

「何か言ったっスか?」

「ううん、こっちの話。ていうか黄瀬君、何でここに?」

「いやー、蓮ちゃんなら逃げそうな気がして」


当たってほしくはなかったっスけどね、なんて苦笑いする黄瀬君には悪いけど

「黄瀬君って意外と頭良かったんだね」

「俺そんな頭悪そうに見えるっスか!?」

「悪そうっていうか、うーん…何て言うか、軽そう?」

「…もう本気で泣きそう」

この人まじで泣いてるよ。

どっかに目薬隠してるのかな。それともこれがモデルの本気、ってやつ?

ま、どっちにしても

「用がないなら私、帰るけど」

「あるっスあるっス超あるっス!!だから本気で帰ろうとしないで!」

ひしっと腕を掴まれた。

「…はあ。わかったわよ、靴はきかえるだけだから。それで結局何の用なの?」


「実は俺、今日は仕事オフなんスよ。だから蓮ちゃん!俺とデートしてくださいっス!」


「…………」


「えーーっ!?せめて何かリアクションを!」

「あんたには私のこの眉間の皺が見えんのか!」


したじゃんリアクション。目一杯嫌そうな顔をしたじゃないか!

「ははっ!やっぱ蓮ちゃんは蓮ちゃんっスねー。俺、女の子にお願いして嫌な顔されたの初めてっス」

しっかり見えてるじゃないか。

「それなら喜んで着いて来てくれる子誘ったら?」


ていうか大体、せっかくの休みなんだから体休めればいいのに。


「……で?」


「で?」

私の発した言葉を、不思議そうな顔をしておうむ返しに繰り返した彼。

黙ってたらイケメンなのにもったいない。

「だから、デートするんでしょ?どこ行くのよ?」


そう言った途端、無い筈の尻尾が振られているのが見えた。

「行ってくれるんスかっ!!?さすが蓮ちゃんっ、信じてたっス!実は駅前のケーキ屋が美味しいってカメラマンが言ってて―――」








「あ、ここっス」




―――カランコロン


黄瀬君に連れられて入ったお店は、


「、うわ…」

「なかなかいい感じっしょ?」

「うん、こんなお店初めて来た」


店内にはオルゴールが流れ、どこか暖かみのある木製の椅子やテーブルに迎えられた。


「なんか意外。黄瀬君ってもっとがやがやした所にいるイメージ」

「まあ仕事ではそうっスけど…、やっぱプライベートはゆっくりしたいっスからね」

「…ふーん。モテすぎるのも大変だね」

「…って、俺のコトはいいんスよ!今日は蓮ちゃんのコト知る為のデートなんス!」


…初耳である。


「……えーっと…私のことって?」

「俺が質問するから、蓮ちゃんは気楽にしててくれていいっスよ!」

「…はあ」

訳がわからないままに頷いてみた。

「えーっと、じゃあ―――」
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