短編

□それは勝利か敗北か (後)
1ページ/1ページ



彼女、夕凪蓮と出逢ってから数週間が過ぎ、あの日から俺は部活が終わると図書室へ寄るようになった。
別に約束をしているわけでもないので彼女がいる日もあればいない日もあり、いればそのまま一緒に帰るという日々を過ごしていた。

だが雨の日――その日だけは彼女は絶対そこにはいなかった。


今日は、雨。

別に期待をしているつもりはないがいつものように動く足を止められず、寄るだけ寄ってみようかと中を覗くと


(――いた)


予想を裏切り彼女はそこに、座っていた。


肘をついた両手の手のひらで顔を覆い、いつもはしゃん、と伸びた背中を少し曲げたまま、固まったように動かない。



一瞬躊躇した足を叱咤して彼女に近づくと気配に気付いたのか彼女が顔を上げ、

「あ、赤司くん」

図書室だからか声を潜めてそういうと荷物ももたないで歩いて来た。

「ごめん、私今日傘忘れちゃったから先に帰ってて。後で小雨になったときを見計らって帰るから」


――はあ。…彼女は存外に馬鹿らしい。


「いいから荷物をまとめてこい。俺の傘に入れてやる」

「え、い、いいよそんなの。私、」
「俺の命令は?」

「ぜったーい、ってそうじゃなくて!しかも私バスケ部じゃないし命令を聞く義務は、」
「これから降水確率が上がってくるというときに小雨になるタイミングなんてある訳ないだろう。いいから来い。早く帰るぞ」

そう言うと彼女はしぶしぶながらも荷物を持ってきた。


下駄箱までの静かな道のりを二人で歩く。



「今日は、いたんだな。」

「…え?なにが」


「…お前、雨の日は図書室には来ないだろう」

そう言うと彼女は虚をつかれたように目を見開き、その後ゆるゆると困ったように苦笑した。

「…気付いて、たんだ」
「……うん、そうだね、でも、」

次にお前は、明るく見せて笑うんだろう。
(俺が聞きたいのは、それじゃない)

だから彼女を遮って言った。

「今日図書室で夕凪を見たとき、泣いているのかと、思った」

もう一度目を見開く彼女に続ける。

「何があった?」

彼女には直球で訊かないとごまかされるような気がしたから。




俺と夕凪との間に沈黙が落ちる。




「………はあ。赤司くんには、お見通しかあ」

彼女は諦めたように息を吐き、そしてやっぱり困ったように眉を下げて笑い、それからぽつりぽつりと独り言のように話し始めた。


「私ね、ちょっと前まで、彼氏がいたんだ」




―――始まりは、四月。


入学式の時に彼が私に一目惚れしたらしくてそれから猛アタックされた。
最初は信じてなかったんだけどだんだん彼を好きになって、六月になった頃だったかな…私も好きです、って。

それからしばらくは幸せだった。だけどそのうち彼がちょっとずつそっけなくなっちゃって…
不安になってたときに、たまたま彼が街で女の子と歩いてるのを見ちゃったの。

その子は同じクラスの女の子で、それからよく彼と幸せそうに笑ってるのを見かけたわ。



―――彼の気持ちが私にないのは明白で。

でもね、本当に私のこと好きだったのなら面と向かってちゃんと振ってくれるかな、て。

そしたら私も、ちゃんと諦められると思ったの。

それぐらいの誠意を見せてくれるぐらいには、ちゃんと好きだと思ってくれてた、って信じたかった。



――――だけど、



届いたのは、一枚の手紙。

朝下駄箱を開けたら入っていたそれには短く

『好きな人ができたから別れよう』

の文字。


「――っ、馬鹿、だよね、ほんと。…もう、笑っちゃうぐらい、馬鹿」


先に惚れたのは彼の方。

だけどはまってしまったのは、私だった。


酷い人だって、思うのに。


「それでもやっぱり、…今でも好きなの」


――そういえばその日、初めて赤司くんに出逢ったんだっけ。

まさか人がいるとは思わなくて思わず顔を上げたけど、その瞳を見て

ダメだと思った。


赤司くんと目を合わせてると隠してることも何もかも、全部見透かされちゃう気がしてたから。


「手紙を読んだのは雨の日で、雨の日に図書室にいるとあの日のことを思い出すから、だからずっと避けてたの」






「……今でも、本当に好きなのか、そいつのこと」

語り終えた彼女にそう訊く。

「…うん、たぶん、ね」


では、質問を変えよう。

「それなら何故今日、此処へ来た?」

「…うーん、なんでかな、」

でもなんだか今日は、無性に赤司くんに会いたくなったの。

あそこに行けば、会える気がして

……そしてやっぱり、来てくれた。


そう続けた彼女に、薄く笑う。



――上出来だ。今の彼女にそう思ってもらえるなら、十分だろう。






「俺は、敗北を知らない」


突然そう言った俺を、彼女の瞳が不思議そうに見つめてくる。


(そうだ、そうやってずっと、お前は俺だけを見ていればいい)



――そしたら絶対、お前の隠した感情も、見逃したりはしないから。





「だから覚悟を、しておくように」




お前が失恋の痛みを昇華できるまで

待ってやる気は毛頭ない。




先に惚れたのが俺の方でも、お前も俺に惚れれば問題ない。


互いが互いにはまったならば

勝ったも負けたもないだろう。







(お前とならば、引き分けるのも悪くない)








(だから早く―――――俺に堕ちろ、蓮)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ