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□Hello,New Future.
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「今回の受賞について一言!」
「こっち向いてくださーい!1枚撮らせていただいてもらってもよろしいですか?」

赤い絨毯が敷き詰められた一本道。

両端にはカメラマンと記者が頻りにシャッターを切ったりマイクを向けてみたりと、華やかに彩られている会場はレンにとっては、予想以上に騒がしく感じさせた。

この騒がしくも華やかな催し物は、数多く存在するハリウッドスター達の中から更に選ばれたスターが集う由緒正しきお祭り、またの名をベルリン国際映画祭と言う、大変歴史のある大きな映画祭だ。

最初話を聞いた時に持ったのは、もっと静かでエレガントなイメージだったレンにとって、目の当たりにした風景に驚きを隠せずにいた。

「……」
「どうした、レン。緊張しているのか?」

まるで借りてきた猫のように大人しいレンを隣で見ていた監督が茶化すと、レンの表情にも漸く余裕が生まれ始めた。

「まさか。ただちょっと驚いただけ、こんなに騒がしいのに華やかだなんて、って」
「そうか、ボンはここに来るの初めてなんだもんな。まぁいつも通りに振る舞えばいい。それをみんな求めているのだから」
「いたっ!」

そう肩をすくめて笑うと、”貫禄のある男性”という代名詞が良く似合う、共演者の一人がレンの肩を思い切り叩く。

さて、何故今レンがスーツ姿でこの華々しい場所に立っているのかと言えば

「Mr.神宮寺!一言頂けるかしら?」
「一言?そうだな、今日という日が人生にとって忘れられない日になりそうですよ。だって、こんな所に自分が立てる日が来るなんて、誰も思わないでしょ?」
「あら、それは自信がなかったってこと?」
「そうとも取れますかね。この映画に出る前までの僕は、まだまだガキだったってことですよ」

それは、世界に認められたスターの一員、だから。

綺麗な女性記者から飛び交うネイティブな英語にも通訳を通さずに答え、そのまま共演者たちと共に会場へと入っていくレンに、現地のファンから黄色い歓声を浴びせられた。

つい3年ほど前に海外に降り立った時にはほぼノーリアクションだったと言うのに、今では世界各国に神宮寺レンという人間のファンが大勢いるのだ。

今日という日が来るまでの数年間、それこそ血反吐を吐くような思いをしながらもトップスターの称号を掴みとりたいと、レンは必死にもがいてきた。

努力などナンセンスだと思っていた学生時代の自分がその事実を知ったら、どれだけ驚くか想像もできない程に。

レンにはその昔、大切でどうしようもない恋人がいた。

かつては同じ学園で互いを高め合い、同じ部屋で生活し、同じトップアイドルという夢を語り合った、名を聖川真斗という。

世間で聖川と聞いてまず思い浮かべるのは、大財閥の若社長という単語だろう。

史上最年少で聖川財閥のトップに立ち、何千人といる社員を日夜纏めている、近くにいたらちょっと近付きづらいと思う敏腕社長。

そんなのが真斗に対する世間一般のイメージと言ったところだが、本当の真斗を知っているレンは、そんなパブリックイメージを強く否定する。

本当の真斗とは、ちょっと不器用で考え方が古風で泣き虫で、でもとても優しくレンを包んでくれる、何よりも大好きな存在だった。

幼い頃に出会った二人は、学生時代に燃えるような恋をし、周囲の反対を押し切って、拙くも永遠だと信じて疑わない恋を貫き通す…はずだった。

アイドルの駆け出しと大財閥を継ぐ一青年が、ひみつの恋愛を守り抜けるほど現実は、当然甘くない。

仕事が増えて行くのと比例するように少なくなる二人きりの時間。気付けば久しぶりに会っても、まずは何から話したら良いかも分からなくなっていた。

段々と、それまでは公私共に充実していた日々も情緒不安定な日常へと姿を変え、プライベートと仕事の境界線もあやふやになっていくレンは身を持って痛感することになる。

”今の自分に、真斗もアイドルの自分も守る力なんか、どこにもない”と。

『こんな中途半端な状態で、真斗を閉じ込めておくのはフェアじゃないと思うんだ。きっと真斗にも、これから沢山の出会いが待っているし、それを俺の身勝手な気持ちだけで制約するのは、おかしいだろ?』

結局、レンは真斗を手放す決断を下した。

自分と、何より真斗を待っている可能性で満ち溢れた未来を案じて、この手を放すことが今の自分たちにとって最良の決断だと思ったからだ。

だが泣きそうになるレンとは対照的に、真斗はそれでも笑顔だった。レンの大好きな表情で、笑ったのだ。

『俺は、レンと過ごしたこの3年間がとても幸せだった。きっとこれ以上幸せな恋はないと思うほど、幸せだったんだ。だから、俺はお前を忘れないし、これ以上の恋はしない』

こんな、振り返っても常に周囲の目を気にし、外では手も繋げないような関係だったと言うのに、真斗は幸せだったと言ってくれた。

そんな真斗を見て、レンは感情が一気に溢れ出して体が勝手に動き出す。どうしても抱きしめずにはいられなかった。

『もし、俺も真斗も自分の夢を叶えることが出来たら…迎えに行っても良い?また、真斗のこと、こうやって抱き締めても良い?』

止めようのない都合のいい言葉が、次々と口をついて飛び出す。

それでも真斗はレンの背中に回した手に、静かに力を入れた。端から見たら口約束以下の契りにも満たないものだと笑うかもしれない。

でも、それでもレンは不確かで保障なんかないものを糧に、真斗を迎えに行くため恥ずかしくならない自分になろうと、がむしゃらに日々を生きた。

真斗と引き換えに社長から貰った小さなチャンスを何としても物にするため、自分の限界を超えようと毎日が必死だった。

必要最小限な荷物を持って訪れた合宿所には、闘志に燃えた目をした大勢のライバルたちと、名前を知らない人間はいない程の知名度と実績を持つ監督がいた。

『お前はやる気があるのか?大体その髪の毛はなんだ、チャラチャラしてるやつが生き残れるなんて思うなよ!』
『…すいません』

来る日も来る日も基礎演習、突然監督から振られる、遭遇したことのないような状況下を指定されたエチュードを繰り返す。

例えば、”今から爆発される刑務所に服役している囚人の役を演じてみろ”だとか。

だが、その度に監督からは英語で罵声を浴びせられコミュニケーションが取れないことがこんなにも高い壁となるとは思わなかった。

相手が何を言っているのか分からない、何を要求されているのか分からない、ただひたすらに謝ることしか出来ない自分に、心底腹が立って仕方ない。

日本にいた頃はそれなりに才能があると自意識過剰になっていた分、何一つ満足に出来ていない今の自分というギャップに押し潰されそうになったが、人よりも後ろにいるのなら、その分早く走ればいいと、毎晩遅くまで英語を勉強したりその日の予習復習に時間を割いた。

『…次、トーマス役……神宮寺レン、満場一致でお前に決まりだ』
『……!』

地道な努力が目に見えるものとして表れたのは、そんな大きな試練の場でもあったワークショップから実に半年後、沢山のライバルを押し退けて残ったオーディションの結果としてだった。

初めてオーディション用の台本を貰った日から、この役だけを演じたいと思い、他の役は受けないと最初に監督へその旨を伝えた。

後悔しないか、その問いにレンは迷わずに頷く。その力強さは、弱かった半年前のレンなど微塵も感じさせない程だった。

『レン!いるなら返事をしろ、取り消されたいのか?』
『はっ、はい!やりますっ、やらせてください…!』

涙を堪えて大きな声で返事をすると、監督は目を細めて笑いぐしゃぐしゃに橙色をしたレンの髪の毛を撫でまわした。そして、おめでとうと言ってくれた。

それは監督から初めて貰う、レンを褒める言葉だった。

その後レンは、この映画への出演をきっかけに、活動の場を世界へ広げることとなる。1年の半分以上は海外を飛び回っていたが、当然日本でのアイドル活動も続けた。

”今の神宮寺レンの集大成”として、レン自ら企画した、完全新作のソロアルバムを引っさげたワールドツアーも大成功で幕を閉じ”突如現れた、嵐を巻き起こすシンデレラボーイ”として、世界を賑わしたこともまだ、記憶に新しい。

そんな、昨日のことを思い出すのも惜しいくらいに忙しい日々を送っていたある日、レンが世界で活躍するきっかけとなった監督から、

『もう一度あのメンバーで映画を作りたい』

という熱心なオファーを受けて出演した映画が大きく評価され、この映画祭で特別上映されることとなったのだ。

「それでは、質疑応答に移らせていただきます。質問のある方は、挙手をお願いします」

上映後、大きな拍手で迎えられながらキャストと監督が壇上へ上がり、会見が進んでいく。

沢山のカメラがシャッター切る音と、世界中継されるためのカメラがびっしりとレンたちの目の前を埋め尽くしている中、レンにとある記者が英語で質問を投げかけた。

「ここ最近、目まぐるしく活躍している神宮寺さんですが、撮影時苦労したことはありますか?また、それはどんなことですか?」

記者が喋るのと同時に、インカムから聞こえる訳された日本語に耳を傾け質問の内容を把握しつつ、2〜3秒考えるそぶりを見せた後レンは苦笑いをした。

「中々台詞の言い回しに慣れなくて、ミスを連発したことですかね。これは昔からなのですが、今回もそれなりに監督には怒鳴られて撮影してました」

ね?と笑いながらレンが監督を見ると、監督はすぐにマイクを取って口を開いた。

「彼はチープな言い方かもしれないが、無限の才能を持っているって、一目見たときから分かったんだ。でも、それに気付いていない、それが無性に悔しくてね。だから毎日怒鳴ってやったんだ、持ち物を把握できない程馬鹿じゃないってことは分かっていたから、あとはそれをどうやって気付かせるか、それだけだ」
「そうだったの?てっきり嫌われてるのかと思ってたよ」

初めて明かされる事実に、レンは目を丸くすると、途端に会場には笑いの渦が巻き起こる。そのまま比較的穏やかな雰囲気のまま時は流れ、ついに最後の質疑応答となった。

「最後にお聞きしますが、今日という素晴らしい日があるのは、ご自身にとっての何のお陰だと思いますか?」

この質問の答えはレンにとって即決だった。考える間などいらない程簡単な質問だ。

共演者たちが考えながら言葉を紡ぐ中、最後に回ってきたレンは堂々とした態度でマイクを取り、静かに息を吸った。

「日本で待っている、大切な人のおかげです」

大好きで、何よりも大切な、真斗のお陰だよ。そう心の中で付けすと、記者は丁寧に頭を下げお礼を言い、長きに及んだ記者会見は更なる大きな拍手と共に、幕を閉じたのだった。


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