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□シンフォニアストーリー
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「春歌!聞いて、この前受けたドラマのオーディション、受かったんだ!」
「えっ…本当ですか!?おめでとうございます!そうだ!お祝いしましょう!そうしましょう!」

珍しく興奮気味に話すこの部屋の主・神宮寺レンの吉報に、すっかりこの部屋へと通う事にも慣れた、レンの仕事と私生活のパートナーでもある七海春歌は、レンと手と手を取り合って喜ぶ。
レンと春歌が早乙女学園を卒業してから3年が経った。それはレンと春歌に恋人という関係が追加されて、3年経ったことを意味する。人気商売のアイドルと、一作曲家が付き合うだなんて、傍目には何てリスキーな恋愛なのだろうと映るかもしれないが、それでも二人は色々と制約がある環境下にもめげず、ひたむきに愛を育んできた。
それまで、沢山の女子と関係を持つことが当たり前だったレンも、今では当時のレンを知っている人なら誰もが驚くくらい、春歌だけを一途に想っている。
幼い頃から中々上手に他人とコミュニケーションが取れなかった春歌も、レンと付き合うようになってからは前向きで、明るい性格へと変化した。
何度か困難にもぶつかってきた二人だが、今こうして仕事も私生活も充実しているレンと春歌は、まさに幸せの絶頂にいると言っても過言ではない。

「今日は、その……ダ、ダーリンの好きなものを作りますね!」
「ありがと、ハニー。嬉しいよ」

3年も経ったと言うのに未だに”ダーリン”と呼ぶのには若干の恥ずかしさがある春歌が照れ笑いをすると、レンもつられて笑顔になる。レンがずっと欲しがっていた役を勝ち取ることが出来た、それは春歌にとっても大きな幸せなのだ。
早速使い慣れたキッチンに入る春歌の後ろを、レンも当たり前の様に付いて行ってそのまま隣に並ぶ。料理はあまり得意ではないが、春歌の手伝いをするようになってからは徐々に(初歩的なことではあるが)手伝いができるようになった。

「お祝いと言えば、もうすぐハニーの誕生日が来るね」
「あぁ!そういえばもうすぐ5月ですかぁ…」

春歌から受け取ったジャガイモの皮を剥きながらレンが言うと、春歌も思い出したようにレンの方を向く。レンや友人たちのイベントに関しては何かと目ざとい春歌も、自分のことになるとこれだ。そんな、ちょっと抜けているところも好きな所の一つなのだが。

「またそんな風に言って…ダメだよ?ハニーが生まれてきた大事な日なんだから、ちゃんと心の隅に残しておかなきゃ」

大好きで、何よりも大切な春歌がこの世に生まれてきてくれた、大切な日。誰かの誕生日をこんなにも愛おしくなることを知ったのも、春歌と付き合い始めてから知ったことの一つ。
まるで小さい子供に言い聞かせるようなレンの口調に、春歌はごめんなさい、と幸せそうに笑った。

「…まだ、お誕生日を誰かにお祝いされる、ということに慣れてないみたいです…」

けして友達が多い方ではない春歌にとって、誕生日はさほど重要なイベントではなかった。両親に祝ってもらうことはあっても、他人にお祝いされることなど、ないに等しい子供時代を送ってきた分余計に。
けれど早乙女学園に入学し、そこで出会ったかけがえのない友人や恋人に自分の誕生日を祝ってもらい、大きな感動を経験したことはまだ、春歌の記憶に新しい。

「…ハニー…」
「でも、レンさんや皆さんにお祝いしてもらえた、去年もその前のお誕生日も、とっても幸せでした!」

目をキラキラさせて、まるで昨日あった嬉しいことを話す子供みたいな春歌を見て、レンの胸は締め付けられた。そして、溢れ出す気持ちをぶつけるようにレンは、柔らかな春歌の頬へと口付ける。

「…今年も、沢山お祝いしよう」

もっと前に春歌に出会うことが出来ていたら、もっと前から春歌の誕生日を祝ってやれたのに。でも、それが叶わないのならせめて、これから先の春歌の誕生日は欠かさずに祝ってやりたい。そんな想いからつい口を吐いて出たのは、気の効いたセリフでも何でもない、物凄く単純で短い言葉だった。

「ありがとうございます、ダーリン…」

それでも春歌は、嬉しそうに笑ってレンにお礼を言う。その蕩けそうな笑顔に、レンの心も自然と暖まる。

「えっと、じゃあご飯作っちゃいましょう!ジャガイモ剥き終ったら、潰してくださいね」
「了解、この前のあんな感じで良いのかな?」
「はい!」

何てことない日常、でも、その隣にはいつだって愛おしい人がいる。そんな日常に、春歌は時々眩暈を覚える程の幸せを感じていた。
大好きで仕方のないレンと、願わくばこれからも一緒にいたい。だけど、この環境に慣れ過ぎてわがままになってしまう自分が怖い。そんな矛盾した気持ちを抱きながらも、隣で一生懸命ジャガイモを剥くその横顔を見つめたのだった。
だがもうすぐ、経験したこともない程大きな困難が春歌を待ち受けていることなど、まだ知る由もない。


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