.

□不器用な嘘と、ミルクティー
1ページ/5ページ

人はいつ、何処で、誰と恋に落ちるのかなどと、誰にも、ましてや自分自身でさえも、知ることは出来ない。

でもそれは、単純にいつなのか分からないだけで、一人ひとり全員に、恋に落ちる瞬間は必然として決まっているのだと、知った。

「ねぇねぇトキヤトキヤー!今日の学食のランチ、すっごく美味しくなかった!?俺、いつもはカレーしか食べないんだけど、今日はカレーそっちのけで日替わりランチ頼んじゃってさぁ」
「その話、今しなければいけませんか?見て分かる通り、私は今小説を読んでいる最中なのですが?」

最初は、ただ騒がしくて、うざったいだけのルームメイトだったというのに、いつの間にか人の心の中に住みついて離れない。

無意識に、目で追うことが増えて行った末、導き出した答えは、自分は音也に恋をしているという、何ともにわかには信じがたい答えだった。

日を追うごとに、好きなところが増えて行って、でも、しがらみに囚われて、行動を起こすことも出来ない自分が、不甲斐なくて仕方ない。

このまま、ルームメイトでライバル、という安っぽい関係を続けて行くのか。そう思い始めた、学生として迎える最後の12月、事態は思わぬ方向へと動き出した。

「……俺……その…………トキヤのこと……好きだよ……」

それは、トキヤが音也の課題を手伝っていたときのことだった。

卒業を目前に控え、現状に焦りを感じている音也を、何とか安心させたくて、彼の好きなミルクティーを淹れてあげ、休憩していたとき、耳を疑うような言葉が、音也の口から飛び出したのだ。

初めは、あまりにも都合のよすぎる言葉に、ついに幻聴が聞こえるようにまでなってしまったのか、と思うくらいで。

だけど、目の前の音也は緊張しすぎているのか、無駄に力が入った様子で、こちらを見つめていた。

そしてトキヤは理解する、これが自分にとっての、恋に落ちる瞬間なのだと。

「ただ、それだけ!聞いてくれてありがとう。さぁ、そろそろ課題再開しよっか!」

何て答えを返そうか、夢のような現実にトキヤは戸惑いながらも、少しだけロマンチックで、気の効いた言葉を探す。

こういうとき、クラスメイトの神宮寺レンならば、歯の浮くような台詞が、すぐに次々と飛び出してくるのだろうが、生憎トキヤにそんな機能は備わってはいない。

しかも、音也はそんなトキヤの苦労を知ってか知らずか、大きく伸びをし、課題をやろうなどと言っている。

多分音也は、トキヤの答えなど最初から期待していないのだろう。

いつも、変に遠慮がちな所は、ちっとも変わらない。でも、何だかそんなところも、愛おしい。

だからトキヤも、ソファから立ち上がろうとする音也の腕を、強引に引っ張って、引き寄せてみた。

「ト、トトトトトトキヤ…!?…あ、あの、かっ、課題、やらなくちゃ!!」
「……勝手に告白しておいて、言い逃げですか?随分と酷い人ですね…」
「ッ……!」

私の答えも聞いてほしい。
貴方が好きなのだと、私にも伝えさせてほしい。

その一心で、耳元でそっとトキヤは言葉を紡いだ。

「……音也、私も……貴方が好きです」

気分が高揚していたのだろうか、無意識に、トキヤは音也の赤く染まっている右の頬へと、口づけてしまった。

すると、酷く潤んだ瞳をした、音也と目が合ったので、自然と唇へと自分のソレを、押し付けてみる。

トキヤは、夢中で壊れてしまいそうな音也の身体を、抱き締めた。

何度も何度も、絶対に音也を手放さない、と誓った夜。これから先のことなんて、何も考えていなかった浅はかな自分が、今となっては憎たらしくさえ、思う。

この時私が、こんな風に、悪戯に音也を受け入れたりなんかしなければ、本当の意味で音也を、守ることが出来ただろうに。

どうして人間は、犯してからじゃないと、その罪の重さに、気付くことが出来ないのだろう──。


.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ