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□コドモ→←オトナ
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秋田で迎えた2度目の夏休みに、オレは、初めて一人で旅にでた。秋田から、647.9kmも離れた場所に住んでいる、大好きな恋人に、会いに行く為に。

「アツシ、新幹線のきっぷはちゃんとあるな?」
「んー。大丈夫ー」
「お土産のきりたんぽは持ったか?お世話になりますって言って、渡すんだぞ」
「んー、分かってるし」
「お小遣いは財布に入れたか?」
「当たり前じゃんー」
「東京に着いたら、一度乗換だからな。いいか、間違えるなよ?」

それは8月下旬。もうすぐ夏休みが終わろうと言う頃、紫原は、それはそれは大きなボストンバッグを持って、ここ秋田駅へと来ていた。
その隣には、昨年アメリカから陽泉高校へ編入し、紫原と同じ、バスケ部所属で、主将を務める氷室辰也の姿があった。朝早くから見送り役も兼ねて、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

「分かってるしー。室ちん、オレもうコドモじゃないんだけど!」

そう言うと、ボストンバッグの中から、この日の為にストックしていた、お気に入りのお菓子を乱雑に取出し、頬を膨らまながら、それを頬張った。
紫原と出会ってから、何かと世話を焼きたがる氷室を、紫原は少々うざったいと感じているようだが、勿論本気で嫌がっているわけではない。少々暑苦しい兄ちゃんが一人増えた、位の感覚なのだが。

「アツシ、新幹線の中でお菓子を食べるときは、食べかすを零さないように気を付けるんだぞ。ゴミはちゃんと、一まとめにして捨てる事、いいな?」
「もーっ!分かってるってば!オレ、行くかんね!」
「もう行くのかい?あっ、お土産よろしくな!ヤツハシ、食べてみたいんだ、オレ!」
「あーもーはいはい、ヤツハシねーヤツハシ」

だが、氷室はと言えば、紫原の不機嫌そうな態度にも全くめげずに、過保護っぷりを発揮している。
これ以上付き合ってたらきりがない、と紫原は悟り、新幹線の時間にはまだ早いが、適当に氷室をあしらい、足早に新幹線のホームを目指すことにした。

「じゃーねー室ちん」
「アツシ!それから、赤司君にもよろしく伝えておいてくれ!ウィンターカップで会おう。今度は負けない、ってね!」

改札の向こう側にいる氷室に大きく手を振ると、お返しとばかりに大声で氷室は叫ぶ。周囲の突き刺さる視線が若干恥ずかしくなってきたので、敢えてその言葉に反応はしなかった。
大事に抱えている大きなボストンバッグには、2日分のお菓子と、往復の新幹線の切符、お小遣いに、お泊りセット。それから、夜中に寮をコッソリ抜け出し、学校近くの薬局に設置されている自販機で買ってきた、コンドームが一箱入っている。

『待ってね、赤ちん。今行くからね!』

こうして、大きな期待と、小さな不安をバッグと一緒に抱えて、紫原は秋田から、赤司のいる京都へと旅立った。ついこの間、インターハイの会場で会ったばかりだけれども、会いたい気持ちはすぐに募る自分に、思わず苦笑いを一つして、新幹線へと乗り込む。
高校二年生の夏。それは少しオトナびて、キラキラで、でも何だかほろ苦い、二人にとって忘れることのできない夏が、今始まろうとしている――。


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