NOVEL

□沖田夫妻の日常
1ページ/1ページ

ある日の昼下がり。

買い物のついでに、旦那である総司のスーツをクリーニングに出そうと、千鶴はスーツの上着ポケットの中に
何も入っていないかの確認をしていた。




「…あれ、何か入ってる」


あまりポケットなどに物を詰め込まない総司にしては珍しいと、手にあたった物を千鶴が引っ張り出すと、出てきたのは一枚の名刺。


「……。」


それを見た瞬間、千鶴の顔は一気に青ざめたのだった。





これが沖田夫妻、初の夫婦喧嘩の発端になろうとは…

この名刺の出処を知っている人間達ですら、まったく予想していなかった。













□■□■□■□




翌日ー…

近藤コーポレーション内のとある一角にある休憩室に、総司と斎藤の姿があった。

とは言え。
タバコを吸うわけでは無い2人は、仕事の合間の小休憩がてらに缶コーヒーを飲んでいるだけなのだが。





「総司、最近…身の回りで何か変化したことはあるか?」

最初に話題を降ってきたのは、珍しくも斎藤の方からだった。
大概2人きりになった時に会話をする場合、斎藤が寡黙な人間であるが故に、先に話を降るのは基本総司からなのだ。

だからこそ、総司は驚いたように一瞬ポカンとするものの、深く気にすることもなく「例えば?」っと、思ったままの疑問を斎藤に返した。

「…例えるならば日常でだ。」

「日常ねぇ…。別に何もないよ?…でもまぁ…強いて言えば……」

「…何だ、何かあったのか」


缶コーヒーを片手に少し沈黙した後、総司は深々と溜息をついた。

「昨日は珍しく千鶴先に寝ちゃってたんだよね。
…千鶴とお帰りなさいのチューが出来なかったのは結婚して初めてだよ…」

「…………………。」



斎藤が沈黙した理由は言わずもがな。

そこから長々と千鶴と総司の新婚惚気話が、休憩が長過ぎると半分怒鳴り込む勢いでやってきた土方が現れるまで延々と続いたのだから、斎藤が後々自分の行動を深く後悔したのは仕方のない話であった。











「やれやれ…」

近藤コーポレーションの仕事終わりの定時は夜18時だ。
定時になって大体の仕事を終えた斎藤だが、いつも以上に疲れ切った様子で帰り支度をしていた。

それを見つけたのは、別の部署である藤堂だ。



「あれー、一君がそんなに疲れてんの珍しいじゃん。一君の部署今日そんな忙しかったの?」


エナメルバックを斜めに肩からかけて登場した藤堂は、童顔と相俟って会社員と言うより高校生のように見えるのだが…それが禁句だと言うのは仲間内では最早暗黙の了解だ。


「平助か…。
業務自体は確かに今新しい企画が始まってる故、忙しいのは確かだが…。それはたいした問題ではない。」

物を詰め終えた斎藤は、藤堂を連れ立って部署を出る。

「…てことは、何かあったの?」

「……あぁ、運が良いのか悪いのか…明日は土曜日、休日だ。
恐らく明日の昼間にでも一騒動あるだろうな。」

「明日??」



この時。
斎藤が何を言っているのか理解できていなかった藤堂ではあるが…。

この翌日、斎藤の言葉が現実になった瞬間全てを悟るのを、彼はまだ知らない。











□■□■□■□




翌日ー…。



「……。(やはりか…)」



斎藤の住む高級マンションの一室に、斎藤、藤堂…そして沖田夫妻の姿があった。

千鶴は斎藤の腕に縋りながらボロボロに泣きじゃくり…。

斎藤と千鶴の向かい側に座る総司は、千鶴が斎藤に縋っているのも気に入らなければ、千鶴が泣いている理由も分からずで
最近ではまったく見ることもなかった程の不機嫌オーラを全開にして斎藤を睨んでいた。

そしてその総司の隣にいる藤堂は、何故自分がここに呼び出されたのかも理解しきれず、隣にいる総司も不機嫌ということもあり、一人顔を青くしながら冷や汗をかいていた。






「(どーいうことだよ一君!!珍しく遊びにこないかって言われてきて見れば!!!)」

「(見てわかるだろう、修羅場だ)」

「(オレが聞きたいのはそこじゃなくて!!何でその修羅場にオレが呼ばれたのかってこと!!)」

「(恨むのなら、昨日帰りに俺に声をかけてきた自分を恨め。)」






目だけで斎藤と藤堂がこんなやり取りをしていることなど知らずに、漸く話しは動き出した。










「千鶴、いつまでも泣いてちゃ分からないでしょう。……何で僕と離婚したいなんて言い出したのか、答えてくれるかな?」


千鶴に向けて発しているとは思えない程底冷えする声音で、総司は千鶴に問いかけた。

千鶴の肩がビクリと震えて、恐る恐る総司を見やる。


「それにいつまで一君に抱きついてるつもりなの」

「ぉ…おい総司、千鶴怖がってんじゃん。もうちょっと優しく…「外野は黙っててよ、でなきゃ切るよ」


千鶴を庇うために総司を諌める藤堂だが、総司の言葉と言う名の刃にあっさり切り捨てられて、早々に黙り込んだ。

そんな周りのやり取りを見ていた斎藤は、このままでは埒が明かないと判断したのだろう。
深く一度溜息をついた後に事の発端を語り始めた。






「俺は一昨日の仕事終わり、千鶴から電話である相談を受けた」

「…相談?…僕じゃなくて、どうして一君に?」


斎藤の言葉に更に不機嫌になる総司だが、次に斎藤が言った事を耳にした瞬間口をつぐむ。

斎藤は千鶴に話して良いかの確認を取ると、ポツリポツリと事のあらましを説明し始めた。



「俺が電話で最初に言われたのは、総司に嫌われてしまったかも知れない。…という言葉だ」



その千鶴の言葉に対して、どういう事だ?
と、斎藤が問い返したところ…。

どうやら総司のスーツのポケットから、女の連絡先の書いてある名刺が出てきたとのことだった。



勿論、普段から総司と千鶴の惚気話を一番聞かされているのは、彼らと一番仲がいいと言われている斎藤だ。

だからこそ、今回千鶴からも相談されたし、総司のスーツのポケットから女の連絡先の書いてある名刺が出てきたということが、どうにも腑に落ちなかった。

何故なら、総司は千鶴以外の女に全くと言っていいほど興味がないからだ。



「だからアンタが昨日、特に変化が無いと言っていたし、隠し事をしている様子も見受けられなかった故…。何処かでポケットに紛れ込んだのだろうと言ったのだか…」

「……沖田さんがまた来てくれるの待ってるって…、書いてあったんです…だから…っ」



思い出したらまた泣けてきたのだろう。
漸く落ち着いてきていたのに、再び千鶴は斎藤の腕に顔を埋めた。

だが、総司はそれに対して問い詰める事もなく、何かを考え込んでいた。

そして、その隣にいる藤堂も、だ。




「なぁ…総司、オレ分かったかも」

「奇遇だね平助、僕もだよ」

「…何だ?」


藤堂と総司は何やら理解したらしく、安堵したのか笑まで漏れている。
そして訝しげに斎藤が2人を見ていた。


「………」


千鶴が泣くことも忘れてポカンと総司と藤堂を交互に見ていると、総司が改めて千鶴に向き直った。




「ねぇ千鶴。…君が見た名刺って、キャバクラのじゃない?」

「…!!!」


千鶴があから様に反応したことで、それは事実なのだと周りに示す。

けれど……







「そ…総司さんは、…やっぱりキャバクラに行ってたんですね」


話が漸く収まるかと思いきや…。
再び瞳に涙が滲む千鶴にギョッとする3人。


「ど、どうしたんだよ千鶴!?」


藤堂が慌てて千鶴を落ち着かせようとするが…


「やっぱり、私は総司さんに…っ嫌われて…っダメな子なんだって、思われ…っ」


とうとう収まりが効かないほど、千鶴の涙腺は崩壊した。
総司が慌てて斎藤の反対側の千鶴の隣に腰掛けて抱き寄せようとするが、千鶴は斎藤にガッチリとくっついて、あまつさえイヤイヤと首を降って離れない。



「ちょっと離れてよ一君!!!」

「そうは言ってもだな…っ」

「ちょっと落ち着けよ2人とも!!」




ギャァギャアと騒ぐこと数分。





千鶴のある一言で、その場は一気に静まり返った。

…というか、凍りついた。









「私も…鞭で、総司さんを虐めることができたら……、…総司さんに嫌われなくてすむのかな……?」









「「「………………」」」







一瞬、その時千鶴が何を言ったのか、理解できなかった、と。

後に三人は語る。





「私…沖田さんが虐められるの好きって知らなくて…だからーー「……ちょっと、ちょっとちょっとちょっと…ちょーーっと待とうか千鶴!!」

「…っ!?」

総司に肩を掴まれて、驚いた千鶴は瞳から涙を溢れさせたままの状態で総司を見上げていた。

総司は頬を引きつらせながらも、千鶴を怖がらせないようにできるだけ笑顔を作る。そして、今千鶴が言ったことの意味を、ゆっくりと説明させた。






「……キャバクラは、鞭を持ってる女の子がいるお店で…
そういう…趣味の人が通う店だって…聞いて…。だから…総司さんも…っそ…いうの…好きなんだと……」

しゃくり上げながらも説明を終えた千鶴は、溜めていたものを全て吐き出したせいか、少し落ち着いたようだ。
そして、それとは逆に今度は微妙な心境になっている人間が3人。


「……鞭で打たれて、悦ぶ総司…?ぅわぁ…」

「………。」

「ちょっと平助!!変な想像しないでくれる?!…それに一君はさっきから何っっで僕に憐れむような視線向けてるわけ?!!」









つまりはこういうことだ。


クリーニングに出そうとした総司のスーツのポケットから、キャバクラの名刺を発見してしまった千鶴。

総司が前日仕事終わりに、永倉達三人に無理やり連れていかれたそのキャバクラの名刺を見た千鶴は、浮気と勘違いしたのではなく、何故か

SMクラブ

と勘違いした後に、総司は鞭で打たれる性癖があるから、鞭で打つことをしない自分に飽きて嫌ってしまったのではないか。



…と、いうことだった。








「……何かすっげぇ勘違いの連鎖」

一気に脱力した藤堂の呟きに「全くだ…」と同意したのは斎藤。
因みに、斎藤は土方に呼ばれていたためそのキャバクラには行ってはいない。

そして意味がよく理解できていない千鶴に、ちゃんとした知識と説明をしようとしているのが総司だ。







「……千鶴ちゃん、キャバクラが鞭を持ってる女の子がいる店って教えたの、誰?」

誰なのかは大体想像ついてるけどね、とボソリと総司が呟いたのは、千鶴には聞こえていない。
千鶴は不思議そうに総司を見上げながら口を開いた。



「薫…ですが…」

「薫?」


千鶴の兄である薫が、何故千鶴に嘘を教えるのか?と、疑問に顔を見合わせる斎藤と藤堂に対して、総司は予想通りだったのだろう。

小さく舌打ちをしている。

恐らく総司への嫌がらせも兼ねているのだというのは、総司には嫌でもわかるのだ。



「あのね千鶴、よーく聞いてくれる?まず一つ。キャバクラで鞭を持ってる女の子はいないよ。簡単に言えば、あそこは女の子が接客してる飲み屋さんだからね?」


笑顔なのに、妙に総司が必死に見えるのは気のせいだろうか。
そう思いながらも、既に外野扱いの斎藤と藤堂は黙って見守る。

千鶴は、予想していなかったのだろう。自分が兄に教えてもらった知識が間違っていたことにかなりの衝撃を受けていた。




「そして、これが一番大切。
…僕は女の子に鞭で打たれて悦ぶ趣味なんか無いから!!!!」



そうキッパリと言い放った総司に「へ?!!」と今日一番の驚きを見せたのは千鶴。

そして、藤堂は笑いをこらえるのに必死になっていて、斎藤は口元を抑えながら何やら壁の方を向いている。

けれども総司はそれを気にすることなく、千鶴の誤解を解こうと必死に彼女に言い聞かせていたのだった。













その後。

すっかり仲直りして、斎藤の家中に大量のハートを撒き散らした2人は、仲睦まじく2人の家というなの愛の巣へと帰って行ったのであった。


「……一君、飯でも食いに行く?」

「そうだな。…今日は疲れた、作る気にはなれん」











そして…。






「僕は女の子になら、鞭で打たれるより鞭で打ってあげたいかな〜」


とか


「そうだ、義兄さんに後でお礼しとかないとね〜」


とか…。

総司が1人呟いていたのを、千鶴は知らない。







END











因みに。
千鶴は元女優設定( `・ω・′)

一応転生ネタだったり、細々した設定がチラホラ。



何か、この作品はいつも以上にキャラ崩壊してるので、後で時間がある時にでも少しづつ修正するやもしれません( ゚д゚)


ではお粗末様でした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ