NOVEL
□夏恋物語
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毎年夏になると、二週間にも及ぶ強化合宿がある。
そこで僕は彼女と出会った。
…それが単なる出会いではなく“再会”なんだと…。
出会ったばかりの僕は、知る由もなかった。
□■□■□■□
「オレいっちばーん!」
「ズルいぞ平助ぇぇ!!…ーーーとぉーぅ!!!」
「は…、ちょっ?!!…っぎゃぁああ!!」
ーードボーーン
「…っぶはっ、ゲホッゲホッ
…ーーな、何すんだよ新八っつぁん!!!」
「はっはっはぁ!!無様だなぁ平助!!」
夕刻になっても、ジリジリと暑い日差しが照りつける夏の海。
その海岸のパラソルの下で僕は、海の波打ち際でギャアギャアと喚く剣道部部員で一年の平助と、その顧問の新八さんを他の数名の部員たちと共に眺めていた。
「…あれだけの練習のあとで、よくあんなに騒げるよね。あの2人。」
そうため息交じりに言ったのは僕、剣道部部員で二年の沖田総司。一応海水パンツとTシャツを着ている。
そしてそんな僕の隣で、暑苦しくもジャージ姿のまま涼しい顔して読書を開始しているのが、剣道部副部長で僕と同じ二年の斎藤一君。
「海を目にしたガキと、体力バカが揃えばあんなもんじゃないのか?」
…で。
海水パンツ姿で、呆れながらも準備運動をしながら苦笑したのは、剣道部部長で三年の原田左之助さん。
既に大学からの誘いがきているらしく受験勉強が特別必要の無い彼は、他の三年生のように引退をすることも無く、今だに部活を続けている。
「おめぇらぁ!!馬鹿みてぇに騒いでんじゃねぇぇえ!!!」
保護者宛らそう怒鳴ったのは、引率としてやってきた僕らの通う高校の、古文兼教頭を務める土方歳三先生。
…僕は先生なんて呼ばないけどね。
「総司、斎藤。お前らは入らねぇのか?」
「ん、僕は少し休んだら行きますよ。さっき汗かきましたしね。左之さん先に行っててください」
「俺の事は気にしなくて良い。」
先程から視線をそらす事無く言った一君が見ている本は参考書。
確かに海で平助達のようにはしゃいで遊ぶ姿なんか想像できない彼だけれど、…こんなところでまで勉強するくらい真面目なのを見てしまうと、いっそのこと
はじめ君ではなく、まじめ君と呼んでしまいたくなるのは、きっと僕だけじゃない。
「そうか?晩飯までそんな時間も無さそうだし、泳ぐなら早くした方が良いぜ?」
後ろ手にパタパタと手を降り、賑やかな波打ち際へと歩いて行く左之さんを見送り、僕は軽く背伸びをしてからレジャーシートの上にボフッと倒れた。
「…はぁ」
地元民しか使用しないらしいその小さな浜辺には、数名の子供達と僕達しかいないものだから、波の音がよく聞こえて思わず眠気に誘われてしまうくらい凄く心地良い。
「…………」
そんな時だ。
「ーーー」
「……ん…?」
僕らがいる場所から少し離れたところで、誰かの悲鳴に近い声が聞こえてきたのは。
「…ねぇ一君、今何か言った?」
「いや、何も言ってないが…。どうかしたのか?」
参考書から僕の方へと視線を移し、一君が質問を返す。
「何か…、今聞こえた気がするんだよね。僕ちょっと見てくる」
そう言ったのは、ただの気まぐれだった。
いつもだったらきっと気にせず流していただろうって思う。
でも何故か…
その時は、無償に気になったんだ。
「誰か…っ誰かいませんかっ!」
助けを呼ぶ声が段々と大きくなってきて、僕はやっぱり誰かに何かあったんだと気付く。
他人に何があろうと普段は特に気にはしないけれど、聞こえてきた声がまだ幼さの残る女の子の声だったから、流石に無視するなんてできなかった。
「…どこかな?」
辺りを見渡しても、姿は見えない。
けど時折誰かの声は聞こえてくる辺り、何処かにいるのは間違いない。
「……あっちか」
耳をすまし、声の方向で場所を特定する。
てくてくと向かった先には消波ブロックがあり、僕は迷う事なくそこを覗き込んだ。
「…ぁ」
その瞬間、小さな子猫を抱えた黒髪の女の子を僕の目は捉えた。
女の子は僕の姿を確認すると、一瞬目を見開く。
そしてそのまま僕を見つめたまま何故か固まった。
「そんなところで何してるの?」
だいたいの予想はついているけれど、とりあえず彼女からの視線を気にせずに、何故そこにいるのかという質問を投げかけてみた。
女の子はハッとした後に、ションボリと俯き加減に口を開く。
「散歩してたら、子猫の鳴き声が聞こえて…。そしたらブロックの隙間で動けなくなってるこの子を見つけて、下におりてこの子を助けたは良いんですけど、登ろうとした時に足を滑らせてしまって足を捻挫してしまいまして…」
彼女の説明に「やっぱりね」と呟き、僕は一瞬思案する。
「1人じゃ上がれなくなったわけね、…今下に降りるから、ちょっと待ってて」
そう言いながら消波ブロックに足をかけヒョイヒョイと降りてきた僕に、彼女はギョッとして首を降った。
彼女ごと抱き上げようとしてるから尚更だろうね。
「こ、この子を上に上げてくだされば、自分で上がれますから!!」
「そんなに足が赤く腫れているのに?」
「…!!」
彼女の顔が一気に赤く染まったのは、見間違いではないと思う。
「大丈夫。女の子と猫一匹くらい一緒に抱えても、こんなとこ登れるから。」
ーーただしっかり捕まっててね?
そう言ってしまえば、彼女ははずかしそうに俯きながらも「…お願いします」と、素直に僕に身を委ねる。
僕は「任せといて」とひとつ笑んでみせると、上を見やり不規則に並ぶブロックを、一つ一つ順に登って行った。
「あれ、総司は?」
「…む…、まだ戻ってないのか。先程何か聞こえると彼方に向かって行ったのだがーー…」
泳ぎ終えた平助達が戻ってきた時には、まだ僕はそこにいなかった。
本から顔を上げた一君が視線を向けた先に、歩いてくる僕の姿を捉えたのだろう。
僕の所からも、平助が手を降っているのが見えた。
両手が塞がっている僕は、ただ視線だけをそちらに向ける。
すると、その手が塞がっている原因の少女は、申し訳無さそうに縮こまった。
…そう。
僕は所謂お姫様抱っこの状態で、彼女を抱き上げていたんだ。
「どこ行ったのかと思ってみりゃお前…」
「何だ総司、ナンパかー?」
呆れたように眉根を寄せる土方さんと、ニヤニヤと笑う左之さん。
そして恥ずかしがって俯いていた女の子の顔をいつの間にか覗き込んだ平助が、口をあんぐりと開けているのに僕は気がついた。
ーー左之さんといっしょにしないでくださいよ。
と軽口を返して「平助どうしたの?」と気になり声をかけたとほぼ同時だった。
平助が
「…ち、千鶴……?」
彼女のものと思われる、名前を呼んだのは。
「……」
蚊帳の外とは、まさにこの事だろうな。
その時の僕はそう思っていた。
どんな偶然か知らないけれど、僕以外の海に来ていた全員が、彼女…千鶴ちゃんという女の子と顔見知りだったんだ。
しかも、千鶴ちゃんに至っては泣きそうになってたし。
「千鶴ってここに住んでたんだな。昨年もその前も来てたけど、俺全然気がつかなかった」
送り届けた千鶴ちゃんの家の玄関先で、皆彼女を囲って楽しそうに話していた。
「はい、此処はお婆ちゃんの家なので。…でも、夏休み中にはお父さんが海外から帰ってくるから、新学期には引っ越す事になるらしいんですけど」
僕は彼女とは顔見知りではないから、玄関を出てすぐの門に寄りかかりボンヤリと空を眺めている。
…すると。
「ぁの…、総ー…っぁ…沖田さん!」
いつの間にか話が終わっていたらしく、皆が僕の方に来ていた。
そして玄関の方からは、ヒョコヒョコと足をひきづりながら千鶴ちゃんが僕に近寄ってきた。
「足捻挫してるんだから、黙って中にいなよ」
「ぃえ、あの…さっきはありがとうございました」
玄関の中に押し戻しながら僕が言うと、千鶴ちゃんはぺこりと僕に礼をのべて頭を下げた。
「沖田さんが来てくださらなかったら、私きっと今もあそこにいたと思うので」
ふわりと笑みを浮かべた彼女に、思わず見惚れてしまう。
「べ…別に気にしなくて良いのに」
照れ隠しに視線をそらせば、後ろから僕らのやり取りを見ていた皆が笑いを堪えているのが気配で分かり、少し不機嫌になる。
けれど、そんなことに全く気がついていない千鶴ちゃんは首を左右に降って、頬を赤らめながら言った。
「本当に嬉しかったんです“見つけて”もらえてー…」
だから、と
彼女は続けて言った。
「また会えますか?是非お礼をしたいんです、この子の分も。」
そう言って千鶴ちゃんが抱き上げたのは、彼女が消波ブロックの隙間にいた原因になった子猫。
どうやら飼い主が見つかるまで面倒を見ることにしたらしい。
「…また、か」
今日は合宿初日だから早い段階で練習を終えたが、明日以降は明るい時間に時間が取れるか分からず、僕は返事に悩み口を噤む。
すると、後ろから様子を伺っていた土方さんが「別に構わねぇよ」と、腕を組みながら僕に聞こえるように言ってきた。
「夕方なら抜けても問題ない」
思いも寄らない人間からの了承に、僕は一瞬自分の耳を疑った。
それは他の皆も同じなようで、ぽかんとして土方さんを見つめている。
けれど、僕以外の皆は何故なのか理解したのだろうか…納得したように直ぐに僕へと視線を戻してきた。
「だってよ、総司。後片付けは平助にやらせるから安心しとけ!」
「何でオレなんだよ新八っつぁん!!」
「そんなの此処にいる中でお前が一番下っ端みたいなもんだからじゃないのか?」
「左之さんまでひっでぇ!!」
「近隣の人間に迷惑だ、あまり騒ぐな」
再び賑やかになった彼らを気にするだけ無駄だと判断した僕は、土方さんの言葉に甘えて千鶴ちゃんを見やった。
「明日の夕方、練習を終えたら此処にくるよ。」
「またな千鶴ー!」
「足無理すんじゃねぇーぞ」
パタパタと手を降る平助達の間をすり抜けて、僕は先を歩く土方さんと一君の後を追って旅館への道を歩きはじめた。
「…そう言えば、何で千鶴ちゃん僕の苗字知ってるんだろ…?
海にきた人間で、僕のこと苗字で呼ぶ人居ないはずなんだけどな」
…ひとつの疑問に、首をかしげながら。
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