NOVEL
□沖田夫妻と斎藤さん
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「ぁれ…、斎藤……さん…?」
総司との電話から一時間弱。
斎藤は沖田家の寝室にいた。
「勝手に入って来てすまない、総司に言われて来た。…辛そうだな」
ベッドの上にいた千鶴は息が荒く、顔全体が熱に浮かされ真っ赤に染まり、その額には濡らしたタオルがあてがわれていた。
「総…司、さん…から?」
熱で意識が朦朧としているのだろう、突然の斎藤の来訪に驚きつつも、千鶴の反応は鈍く声音には力が無い。
「話は後だ。…とりあえず粥を作って来る、それまで眠っていろ」
「へ…?ぁ…ぁの」
戸惑う千鶴の額からタオルを退けると、来る途中に購入した冷却シートを取り出した。
そしてそれをペタリと貼ってやれば、気持ち良さそうに千鶴の表情が僅かに緩む。
「ぁ…、買ってきて…くださった…ですか…?今丁度…切らしちゃ、てて…。今…お代を…」
そう言いながら起き上がろうとする千鶴をベッドに押しとどめるのは、勿論斎藤だ。
「そんな事を気にする必要はない、あんたは黙って寝ていろと言っているだろう。」
そこまで言えば千鶴も身体を動かすのが辛いのか、大人しくベッドへ戻る。
「ありがとう…ございます…」
千鶴は、熱で赤く染まっている顔をやんわりと緩めて笑んだ。
少しでも、感謝の意を伝えるために…。
けれど。
「…ッ!」
斎藤はそれを見た瞬間、何故か千鶴が二の句を紡ぐ前に部屋を出て行ってしまった。
「…?」
その場には、不思議そうにドアを見つめる千鶴の姿だけが残る。
「…ーーっ」
リビングのドアに背をもたれさせて、ズルズルと床に座り込み…斎藤は頭を抱えた。
「参ったな…」
そして…
先程の千鶴の笑みと重なって、過去…否、前世の記憶が湧く様に溢れ出す。
ーー斎藤さん
溢れ出すその記憶は、前世で愛した者の姿ばかり。
「忘れた…つもりだったが……」
笑っている顔、焦っている顔、困っている顔、照れている顔…
そしてーーー…
ーー斎藤さん、本当に行ってしまうんですか…?
悲しげに、泣きそうになっている顔。
「千、鶴……」
そう…。
前世で斎藤が愛していたのは、千鶴だ。
とはいえ、言葉や行動でその想いを伝えた事などない。
おそらく千鶴も、それに近い感情を斎藤に向けて持ってくれてはいたのだろうが、それを彼女が自覚するであろう前に、斎藤は彼女の前を去った。
「……泣きそうだったお前を突き放し、御陵衛士なった俺を…お前は恨んだだろうか…?」
…ーーとは言いつつも。
彼女が人を恨むような人間じゃないことは、斎藤に限らず仲間内の人間なら皆が知っている。
「…馬鹿だな、俺は」
とはいえ。
今となっては、遠い過去の話。
今更後悔しても何もならない上に、今の千鶴には総司がいる。
甘ったるいほど仲睦まじい二人に、少々げんなりしている面々のうちの一人である斎藤だが、幸せそうな二人を見るのは嫌いじゃない。
なぜなら総司と千鶴には、いつまでもそのままで居て欲しいと願っているから。
「…昔の俺と、今の俺は違う……」
気持ちを無理矢理抑え込み、かぶりを降って立ち上がる。
「早く戻らなければ…」
彼女のために早く粥を作ろうと、キッチンへ向かっていった。
「食事もさせた、片付けも終わった、…冷却シートもまだ問題はあるまい…。と、なると…」
斎藤はそこで言葉を切って、思案顔のままベッドの上の千鶴を見やる。
「…、は…ぁ…」
食事を終えてようやく眠りに落ちた千鶴。
寝苦しそうに時折呻く彼女は酷く汗ばんでいて、先程布団を掛け直してやった時に衣服も汗で湿っているのが見えた。
…だがしかし、今の千鶴は風呂に入れる状態では無い。
「とはいえ、悪化する可能性がある以上放置する訳にも…」
部屋の片隅で、一人悶々と頭を抱える斎藤であった。
……それから10分は経過しただろうか。
「仕方あるまい…」
意を決したのだろうか、斎藤は真剣な面持ちでタオル片手に千鶴の横たわるベッドを見下ろしていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばしーー…
「千鶴、千鶴…すまんが少し起きてくれないか」
千鶴の肩を少し揺すって起こしにかかった。
どうやら、脱がせる勇気は出なかったらしい。
「……ぅ…?」
「…寝たばかりのところ悪いのだが、身体の汗を拭わねば風邪が悪化してしまう」
千鶴の身体を起こすのを手伝ってやりながら、斎藤がそう言いつつ千鶴を見やった時だった。
「…千鶴?」
「ん…」
熱に浮かされ虚ろな状態の瞳と視線が交わる。
起きるのが辛いか?と、斎藤が聞こうとするより先に、突然斎藤へと…
千鶴の腕が伸ばされた。
「…ーーっ?!」
驚いた斎藤が身を引こうとした時にはすでに遅く…
千鶴の腕は斎藤の首に回されていて、その反動で斎藤の身体は、千鶴ごとベッドへと沈んだのであった。
「…ッ、ち…千鶴!!腕を離してくれ…!!」
自分の顔が火を吹いたかのように、熱くなっているのが斎藤自身にも分かる。
今現在の斎藤の体勢は、他から見れば千鶴を押し倒しているような状態なものな上に…前世で想いを寄せていた人間でもある。
だから、彼の焦りも一入だった。
「ん…、そぅ……じ…さ…」
「…!」
どうにかして千鶴の腕を解こうと、柄にも無く躍起になっていた斎藤の動きがピタリと止まる。
「も…少し、だけ………」
総司と勘違いしているのであろう。
そう言った千鶴の腕の力が、より一層強くなる。
「(総司に知られたら、無事では済まんだろうな)」
ほんの一瞬だけ寂しげな表情をしたものの…、内心でそう一人苦笑して斎藤は身体の力を抜いた。
「(すまない、総司。)…少しだけ、だぞ…」
自分にもそう言い聞かせるように呟いて、ゆっくりと目を閉じる。
してはならない事だと理解しながらも、それを止める事無く…
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