Lost Colors

□無くした三つ目の色
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 アイチとともに扉をくぐると、どこかにつながる廊下に出た。俺はいま、アイチの手を握っている。それはこの通路がやたら曲がっていて、とても盲目のアイチ一人には歩かせられないからだ。
 俺は扉の前で、告白らしいものをアイチから受けた。だが、俺は何も返せなかった。そんな情けない俺にアイチは、困らせるようなことを言ってごめん、だけど僕が勝手に櫂くんのことを好きなだけだから、気にしないで、櫂くんは僕が守るから、とだけ言って彼女は自分のカードをスライドさせた。俺もとにかく進むことために己のカードをスライドさせた。
 俺もアイチが好きだ。だが、その言葉を俺はアイチに向かっていうことができなかった。だから、返事をすることもできなかった。それは、単純にアイチの言葉を素直に受けとれない情けない自分がいたからだ。そして、この状況に俺は嫌な予感がする。それもかなりの嫌な予感で、外れることがなさそうなほど凶悪なものを予感がした。ふと、思い出してしまうのだ。ヴァンガードで失ったという過去の歴史を。好きになって、また失うのが嫌で、だから、俺はどうしたいのかがわからなかった。
 そうして、廊下を抜けた先にはファイトテーブルが広がっていた。俺は対戦相手を確認する。
「葛木……」
 ファイトテーブル以外に対岸の向こうと接する場所はなく、人が渡れないようになっていた。ファイトテーブルの上を歩けば渡れるだろうが。対岸には、葛木ともう一人、床の上で倒れている人物がいた。薄紫の髪に見たことのある服装。それに葛木のペアといえば、戸倉しかいない。
「アイチさん、それに櫂。お前らが俺の相手だな」
 葛木はファイトテーブルの向こう側から、ファイトの申し込みをしてきた。
「カムイくん!ミサキさんは?」
「ミサキさんは、起きない。でも、死んでるわけじゃない。ただ……俺には何があったのか分からないけど、悪夢を見ているように眠ったまま涙を流してる。だから、お前たちの相手は俺一人で十分だ。準備はできてます。さっさと始めましょう」
 葛木はいつになく、冷静だった。アイチの言葉にも平然を装っていた。ファイトに負ければ、そこまでだという気迫が否応なく伝わってくる。
「俺がそのファイトを受ける」
 葛木の提案に俺は受けた。
「ま、まって、櫂君。僕が受けるよ。櫂君は、カムイくんとファイトしたことないと思うけど、カムイ君はかなり強いファイターだよ?」
「アイチさん! これは男と男の戦いです。アイチさんは黙ってみていてください!」
 葛木の声にアイチはうぅ…、とうなってから、俺に向かって応援をした。
 俺は、何がしたいんだろう。
 俺はかげろうのデッキを、怒りからかもしれない、不安や憎しみからかもしれない、そんな風に握りしめた。どうして、いつも俺の周りでは、ヴァンガードに命がかかっているんだ。
 だから、俺は憎んでいるのかもしれない。このデッキを。この死のゲームを。
「スタンド&ドロー」
 どうして、始めてしまったんだろう。
 思考する先にいたのは、今になっても大事な両親。
 その先にいたのは……………
「そうやってよそ見している間にも、ファイトは進んでいるんだぜ! 櫂トシキ!」
 葛木の発言の前に、俺はあっけなくもファイトに負けてしまった。
 原因は明白だった。俺のファイトの選択ミス。なんとも、みじめなファイトだった。おそらく、よそ見していたからなのだろう。正直、俺には戦う気はなかった。戦うことで、また何かを失う気がして俺は戦えなかった。
「そんな顔でこの場所に立ってんじゃねぇよ! 櫂トシキ!」
 負けたカードをファイトテーブルに広げていた俺に、目の前にいた葛木がよく通る声で怒鳴ってきた。
「お前が今何を考えてんのか、俺は知ったこっちゃねぇ! だけど今言えるのは、生きるためには絶対に必死にならないといけないんだよ! 現実から目なんかそらしてんじゃね! お前のやってることは甘えだ! もっと死に物狂いでこの場でファイトしろよ!
「……何も知らない子供に」
 そんなことを言われたくない
「お前が負けたせいで、今度はアイチお姉さんがファイトをしないといけないんだぞ? その分、お前はアイチお姉さんに負担かけてんだよ! そんな誰かが傷つくのは嫌だから負けてもいいなんて、たとえお前が一人であっても絶対にしていいことじゃないんだよ! そんなやつ生きてて失礼だ! この木年人!」
「……朴念仁?」
「っ、だから……ああ、もう、何言いたいのかわかんなくなってきた! とりあえずだ。言いたいことは……」
 葛木はそこで一度言葉を切った。その面持は真剣そのもので。覚悟を聞けたように葛木は拳を握りしめた。
「アイチお姉さんを任せた」
 唐突に何を言い始めたのか分からない葛木の言葉に、俺は頭をもたげた。すると、葛木がファイトテーブルの上から何かを滑らせてきた。何かと思ってそれをみると、それは「1」「3」の数字の入った戸倉と葛木のカードキーだった。
「……なんだ、これは?」
 聞き返すまでもない。俺が聞きたいのは、現在命と同等の意味があるそのカードをなぜ勝ってもいないのに、俺に渡してきたのかということだ。
「ミサキさんは、もう歩けない」
「は?」
「両足が、折られてるんだ。だから、俺たちは進めない。俺はミサキさん一人を残して行けない。櫂トシキ! お前に後の事を全部頼む。こんなくだらないファイトなんか絶対に二度とすんな! お前はアイチお姉さんに勝ったファイターだろ! それに、俺は短い間だったけど、お前と行動してて、どんな奴なのかとかぶっちゃけ全然わからなかったけど、それでも、お前が弱い奴だとは思えない。ただ、何かから逃げてるってことだけは分かる。だから、逃げんな! どんなことでも、お前が納得する答えを出して進めよ! それで、進んで間違ってたら、それはそのときだろ?」
 納得する答え……
俺は葛木に言われた言葉を頭の中でゆっくりと飲み込んだ。
確かに
「アイチお姉さん。俺達二人の分まで生きてください」
「葛木カムイ」
「なんだよ」
「……ありがとう」
「っさっさと進めよ! 大体、まだ対戦者は残ってる。三和さんやあのレンもいるんだ。簡単には前に進めないだろうよ。大体俺はこんなところで死ぬつもりなんてねぇ! 俺は俺なりに鍵がなくても脱出できる方法がないか調べる。あきらめるなんて雑魚のやることだっつーの! 時間は限られてんだ。さっさとすすめ!」
「……わかった。俺たちは絶対にここから抜け出す。だから、約束しろ。お前たちも脱出すると」
 俺の言葉にカムイはへっ、と声に出して笑った。いい顔になったじゃねえか、と言うとカムイは自分のデッキをポケットの中にしまった。俺も自分のデッキと、葛木と戸倉のカードキーを持った。
「行くぞ、アイチ」
 俺はアイチの手を取って、進むべき扉へと向かい、自分のカードと、戸倉のカード、葛木のカード、そしてアイチにカードをスライドさせるように言った。アイチのカードのスライドが終わって扉の中へと入った。俺たちが入ってきた部屋には、小さく見えるカムイがこちらを見ている気がした。
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