短編

□散る桜、実る恋
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茜色の柔らかい光を跳ね返す銀髪。
窓の隙間から入ってくる春風に、ふわふわとなびいている。





あまりにもその光景が綺麗だったから、言葉をかけるのを忘れてしばらく見惚れた。
そんなことをしていたら、銀八のほうが私に気がついて






「なまえ、お前まだ帰ってなかったのか」



と、声をかけてきた。
「うん」とだけ答え、銀八の向かいの机に座る。






私と一瞬だけ目を合わせてから、すぐに教室全体に視線を移した。
それには恋人を見つめるような愛おしさが含まれている。






自分に向けられたわけじゃないのに、鼓動が早くなった。






「もうお前らとばか騒ぎできねえんだな」



『感傷にひたってるの?めずらしいね』



「そんなんじゃねえよ。大人をからかうんじゃありません」





人差し指で額を小突かれる。
この空間が心地よくてつい笑うと、銀八も微かに笑った。







『・・・・・・銀八』



「ん?」



『私のこと、忘れないでね』







私にとって、担任は銀八ひとり。
でも教師の銀八は、これからもどんどん数えきれない量の生徒と関わっていく。






いちいち覚えてる暇なんてない。
無謀な願いだと分かってる。





でも、せめて。







「・・・忘れるわけねぇよ」








そう。
この言葉がほしかった。





その場しのぎの嘘だとしても。







「そろそろ帰るか。一人じゃ危ねえから送ってやるよ」



『・・・・・・・やだ』



「え?銀さんと帰るのが嫌ってこと?地味に傷つくんですけど」



『違う。まだ帰りたくない。まだ銀八といたいの』







眉をひそめて、わずかに首を傾げる。
――――あの時みたいに






私が好きな銀八の困り顔。
拗ねた子どもみたいで、可愛くて好き。







「お前はさぁ、ほんとに俺を困らせんの好きだよな」



『困らせるつもりはない。銀八が勝手に困ってるだけ。今も、あの時も』



「そうだな。そうかもしれねぇわ」







私は銀八が好きだった。
否、好きだ。






最初のうちは「尊敬」という名前をつけて片付けていたけど、だんだん抑えきれなくなった。




銀八に触れたい、抱きしめたい、独占したい。
そんな気持ちが膨らんでいって。





゛私、銀八のこと好き゛






その台詞は半ば無意識で出た。




゛ばーか、ドラマの見すぎだよお前は。こんなちゃらんぽらんを好きになってもしょうがないだろ。ちゃんとした人を好きになれ゛






当然だけど、そうやって片付けられてしまった。




゛諦めなさい、俺のことは゛






私だって諦めようとした。
精一杯頑張って、他の人にも目を向けようとした。




でもできなかった。






私には銀八以上の人はいない。
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