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□狂い咲き
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はらはら、ひらひら、舞い散る桜。
その情景は優しく、悲しく、私の心に降り積もっていく。





―狂い咲き―

「姫がまだ戻ってない?」

「うん。『散歩してきます』って言ってたんだけど…ちょっと遅いね」


ファイが心配そうに外を見上げる。
見上げた先にある空は、青とオレンジが混ざり合い絶妙な色合いを作り出していた。


「俺、姫を探してきます」


そう言うなり部屋を飛び出していった小狼。
すでにぱたんと閉まった扉に、ファイはよろしくね〜と笑顔で手を振っていた。


「…姫、すぐ近くにいただろ」

「うん。でもあの状態のさくらちゃんは、小狼君にしか治せないよ」

「…まぁな」





―――

「サクラ姫!」

「小狼君…?」


サクラを見つけたのは意外にもすぐ近く。家を出てすぐの、並木道だった。
一点をじっと見つめるようにして動かないさくら。隣に並び視線を辿ると、そこには1本の桜の花。
周りにある木はまだつぼみの状態なのに、その木だけはまるで春が来たかのように満開に咲き誇っていた。


「綺麗、ですね。これを見ていたんですか?」

「うん。なんでこれだけ咲いてるのかなって」

「時々こういうことがあるみたいですよ。狂い咲きっていうそうです」

「クルイザキ…」

「……姫?」

「さみしく、ないのかな?」

「えっ…」

「一人だけ咲いちゃって、さみしくないのかな?」


一人先に咲いて、一人先に枯れていって。
ぽつりと小さく響いた一言が、胸に刺さった。サクラはその桜から瞳をそらすように顔を伏せる。
サクラの薄茶の髪の毛が、翡翠の瞳を隠す。何か、悲しいことがあったのだろうか?
サクラには、決してそんな顔をしてほしくないのに。



「…一人じゃありませんよ」

「えっ…?」

「ほら」


指さしたのは、隣の桜の木。
俺たちの目線の高さほどの枝には、もうほころびかけている蕾が数個あった。
さくらは少し驚いたあと、そっとつぼみに触れる。


「狂い咲きした花の周りは、開花が早いそうですよ。『自分も早く追いつかなきゃ』って」

「…そうなんだ」

「だから、少しすればこの辺りも満開になります。
この木は決して、ひとりぼっちにはなりません。こうして咲こうとしている仲間がいますから」

「うん…」

「姫にだって、皆がいて、俺がいます。ずっと傍に」

「…小狼君」

「絶対、一人ぼっちにはしませんから」

「……///」

「姫?顔が赤いですよ?」


視線の先のサクラは、真っ赤な顔でこちらを見ている。さっきは悲しい色を含んだ瞳が、いまは大きく見開かれていた。
風邪でもひいたのかと心配になって、自分の上着をサクラにふわりと掛けた。


「帰りましょう。もう寒いですし、風邪でも引いたら大変です」

「…うん。ねぇ、小狼君」

「なんですか?」

「…置いて、いかないでね?」

「はい。どんなことがあっても」



その言葉を約束するかのように、二つの手が大事そうに繋がれた。
小さな小さな、ある春の約束。








―狂い咲き―

(どんなことがあっても、必ず最後は君のそばに)





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