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□君はオヒメサマ
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‐君はオヒメサマ‐
小狼ver.
「どうして私は“姫”なの?」
唐突に紡がれたこの言葉。さくらも自分で言っておいて戸惑っているらしい。…意味が分からず、変な顔をしてしまった。
「あ…あのね!なんで私のこと“姫”って呼ぶのかなって…意味で…」
「えっ?」
さくらは恥ずかしそうに、手元のカップに視線を移す。
俺の目はずっと、彼女の翡翠の瞳に照準を合わせたまま、次の言葉を待つ。
「…なんだか小狼君に“姫”って呼ばれると、変な感じがするんだ」
…ドクン、と一回、心臓が大きく叫んだ。
目の前のさくらが、一瞬揺らいで見える。
「なんでだろうね?」
『なんで』
この言葉が、
胸の中でこだまする。
無意識に紡ぎそうになった言葉を封じる代わりに、微笑んでこう言った。
「俺にとって、貴女は“お姫様”ですから」
…それから俺は、おかわり持ってきますね、と言ってなんとか席を立った。
キッチンでポットにお湯を入れる。
透明な世界に、紅茶独特の透明感ある茶色と、ほのかな甘い香りが広がった。
こんなふうにさくらも、俺のカラッポの世界に彩りと、甘さをくれたんだ。
その声を聞くたび、
その笑顔を見るたび、
俺の心は、温かくなっていった。
「『なんで』、か…」
一人呟く。
今、俺は逃げた。さくらの前から。
だってあの時、言ってしまいそうになったから。
「そんなの当たり前だよ」って。
「俺はずっと“さくら”って呼んでいたんだから」って。
それを伝えることは、許されないことなのに。
もう、対価は戻って来ないのに。
透明な世界がすっかり支配され、残ったのは湿ったティーパックと甘い匂いだけ。
最後に、蓋をする。
「姫、おまたせしました」
テーブルの上にポットを置く。
翡翠色の優しい眼差しが、胸を温かくした。
――君は俺のオヒメサマ
例えもう戻れなくても、
今、この気持ちを伝えられなくても、
君は、俺が守るから。
また共に歩ける未来を、ただひたすら信じて―――
END