*novel*

□*シンデレラのくちびる*
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雨がしとしとと降り続ける六月――。
ただでさえ、落ち込み気味になる天気にジメっとした湿気が重なり、人々の憂鬱は増すばかりで…。

ここ、友枝中学の生徒たちも例外ではなかった。

「暑い〜…」

滲むような汗で衣服が肌に張り付き、不快感を増幅させる。

「梅雨ってホントに憂鬱だよね」

殆どの生徒たちが口を揃えて落ち込む中、一人の女子生徒を含む数名の者たちは首を横に振っていた。





「そうかなぁ、わたしは雨って好きだよ」

「さくらちゃんは前向きだもんね」

「そこがさくらちゃんの良いところですわ」

さくらを囲みながら、千春と知世が口を開く。

「それにもうすぐ紫陽花祭りもあるし、すっごく楽しみ」

さくらは頬杖を付きながら嬉しそうに笑った。

「確かウチの学校は演劇部が参加するんでしょ?」

「えぇ、シンデレラをやるそうですわ」


さくらたちが話している『紫陽花祭り』とは、毎年六月に友枝町で開かれている小さなお祭りの事である。
その目玉の出し物として、今年は友枝中学の演劇部が参加することになっているのだ。

「演劇部の人たち、この雨にも負けずに張り切ってるもんね」

「さくらちゃんは李くんと行かれるんですか?」
知世が聞くと、さくらは苦笑いを浮かべながら、首を振った。

「ううん、小狼くん香港でどうしても外せない用事があってしばらく帰っちゃうの」

「まぁ…、それは寂しいですわね」

知世が心配そうに言うとさくらはニコリと笑って、
「うん、でもまたすぐ逢えるから大丈夫だよ!」

「…さくらちゃん」

さくらの言葉に、知世も安心したように微笑んだ。







そんな三人の会話をコッソリ聞いていた人物が一人…―。


「そうか、李はしばらくいないのか…」

そしてニヤリと口許を上げると、

「これはチャンスだな‥」

そう、小さく呟く人物の手には台本が握られていた。















「ほぇ?わたしがシンデレラに、ですか??」

「そうなんだよ、実はヒロイン役の女の子が足を怪我しちゃって急遽代役を立てなくちゃいけなくてね」

さくらは学校帰りに、演劇部の部長であるこの男子生徒に校舎裏に呼び出されていた。

「でも、どうしてわたしなんですか?演劇部の方なら他にも…」

さくらはチアリーディング部である自分に、何故そんな話を持ち掛けてくるのか、不思議でしょうがなかった。
けれど部長は熱を込めて続ける。

「いやいや!木之本さんなら可愛いし、きっとピッタリだと思うんだ」

「はぁ…」

あまり納得のいく理由では無かったものの、こう熱心に頼まれては、さくらも流石に断り辛かった。

「この通り!」

そんな風に言われて、おまけに頭まで下げられては、さくらも頷くしかない。
しかも直接係わり合いがないとはいえ、相手は先輩である。
さくらは内心逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、仕方なく代役を引き受ける事にしたのだった。

「わ…分かりました、お引き受けします」

さくらの言葉に部長はぱっと顔を上げ、満足気に笑った。

「そうか!ありがとう!じゃあこれ台本ね、練習は毎日放課後体育館でやってるから!」

まるで最初から準備していたかのように鞄から真新しい台本を差し出し、さくらの肩をぽんっと叩いた。

「頑張ろうね!ちなみに、王子役は僕だから」

そう言ってニカッと笑うと、その場を足軽に立ち去った。
そんな部長の後ろ姿を呆然と見送りながら、さくらは思わず深いため息を零したのだった。

「はぅ〜…」


小降りだった雨が心なしか強まった気がした…――。
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