*novel*

□ブラバータ
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遠い日の、君の声。
応えてくれた、その言葉。



【ブラバータ】



ヒラリとタイムのカードが飛び、小狼の手の中に収まる。
進み出した時の中、強い風が吹いて彼の式服が大きく揺らめいていた。


「ほえ〜・・・」


脱力するさくらの横で、「きぃぃぃぃぃっ!」と悔しがっているケルベロスの声が時計塔内に響く。歯ぎしりまで聞こえてきそうな勢いだ。


「今回は俺の勝ちだな」


勝ち誇った様子でカードを懐に入れる小狼に、さくらは何も言い返せないまま杖を元の姿に戻す。
ケロちゃんに怒られるだろうなぁ、なんて考えながら鍵を首にかけていると、ふとあることに気付いた。


「ねぇ、李君」

「何だ」


既に帰ろうとしていたのか、階段に向かって歩き出している小狼を呼び止めると、半身でさくらを振り返る。その拍子に、大きな帽子が少しずれた。


「お鼻の絆創膏、とれちゃってるよ?」

「え?・・・あ」


ずれた帽子を被り直していた手をそのまま下ろして鼻の頭を触れば、覆っていたものはいつの間にか剥がれてしまっていたようだ。
触れた拍子にひりりとした痛みが蘇る。


そして思い出すのは、数時間前の、3回目の今日の放課後。2回目の今日の失敗について文句の一つでも言おうとさくらの元にやってきた小狼だったが、気がそぞろになっていたのか今までの2回では反応出来ていたサッカーボールを顔面で受け止めてしまったのだ。
跳ね上がったボールをそのまま蹴りつけてゴールしたものの、腹立たしさも相俟ってかネットが切れそうな程の威力だったとか。



一度気付くと吹き付ける風ですらしみるようで、小狼は顔をしかめて赤くなった鼻を袖口で覆う。


「そーだ!李君、コレ使ってよ!!」


そんな小狼を見たさくらは、駆け寄ってきた知世から受け取った自分の鞄から花柄のポーチを取り出す。
そして、1枚の絆創膏を手に、にっこりと笑う。


「・・・・・は?」

「だって、そのままじゃバイ菌が入っちゃうよ!」


先程までの沈んだ顔は何処へやら。花が咲いたように笑って迫ってくるさくらに、小狼は思わず一歩後ずさる。


「ほら、隠さないで!ね?」

「ちょっ・・・!ま・・・―――」


小狼の右手を掴んで半ば強引に顔から手を離し、さくらはずい、と自分の顔を寄せる。
そして、小狼が心なしか頬を染めて狼狽していることにも気付かないまま、ぺたん、と絆創膏を鼻に貼った。


「はい!これで大丈夫だよ〜」


顔は至近距離のまま、更に笑顔を深めて言うさくら。
そんな風にニコニコされたら折角勝ち取ったカードすら霞んで見えてしまい、小狼の口からは何とも言えない低い声が滲み出るばかりだった。


「ほえ?どうしたの?」

「おい小僧!礼も言えんのか!!」


押し黙ってしまった小狼に疑問符を浮かべるさくらの横で、ケルベロスが小さな手を握りしめて金切り声をあげる。
ケルベロスの声で正気を取り戻したのか、なんとか調子を取り繕って小狼は「・・・・・ぬいぐるみ」と小さく言い残し、そのまま踵を返して階段を駆け降りていった。


「なんやてーーーー!!」とぶるぶる体を震わせる黄色い浮遊物の声が再び響く中、呆気にとられたさくらは最後にぽつりと、こう零した。


「・・・・・ほえ?」




◇◆翌日◆◇ 




「おい、木之本」


授業道具を間違えて落ち込んでいるさくらに、小狼はやや警戒するように顔を強張らせて話し掛ける。

何故、昨日はあんなことをしたのか、と。


「昨日?・・・あぁ、絆創膏?」


くるりと瞳を丸くさせて少しばかり思考を巡らせた後、さくらはぽん、と手をついて応える。


「だって・・・―――」





* * * *



パサ、と手から本が落ちた音で、小狼はソファの上で目を覚ました。


「・・・・・ゆめ?」


朧げな意識の中で思い起こせば、随分と昔の、まだクロウカードを集める為に日本に来たばかりの頃の夢を視ていたようだ。




あの時のさくらの答え。



思えば、この褪せることのない想いの始まりは、あそこだったのかもしれない。
ライバル意識しか持っていなかった自分に、違うものが生まれたのだから。





『だって李君は敵じゃないでしょ?私にひどいこと、しないもん』





その時、携帯のバイブ音が耳に届いた。

光るランプの色は、ただ一人だけに設定してある、淡いピンク色。



緩む頬をどうにも出来ないまま、俺は楽しそうに自己主張をする携帯を手にとった。





【ブラバータ】
幼い強がりを呆気ないくらいに解いたのは、

俺の大好きな、君の声。



END
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