*novel*

□*シンデレラのくちびる*
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『それで、結局引き受けたのか』

「ぅ、うん…」

電話越しに聞こえる小狼の声は、少し呆れて聞こえる。

『演劇部の部長って三年の…?』

「うん、気さくな人だったけど」

さくらが答えると、電話の向こうで小狼の声色が少し変わった。

『………』

「小狼くん…?」

さくらが不安そうに呼ぶとすぐに小狼の声が重なる。

『いや、…気をつけろよ』
「‥?何に?」

さくらが首を傾げながら問うと、小狼は電話口で苦笑いを浮かべた。

『‥いろいろ』

そう一言言うと、小狼は話題を変えた。


『紫陽花祭り、一緒に行けなくてごめんな』

「ううん!大丈夫だから、気にしないで」

とは言ってみるものの、本当は小狼と紫陽花祭りに出掛けるのを、さくらは楽しみにしていた。
それが、小狼の突然の用事で、急に離れ離れになってしまって、さくらは正直落ち込んでいた。
けれど、もちろんそんな事小狼に言うつもりはないし、さくら自身も上手く隠し通せると思っていた。
しかし、小狼の口から出たのは少し意地悪な言葉で―。

『…へぇ、ということは、さくらはおれがいなくても平気なのか』

「えっ!?ち、違うよ!そういう意味じゃ…っ」

思いもよらなかった小狼の言葉に、さくらは慌てて首を振る。


『…ほんとは?』


小狼の試すような言い方に、さくらの頬が僅かに色付く。


「ほんとは、……寂しい」

『‥あぁ、おれも』

最後の方は殆ど口の中へ消えてしまっていたが、小狼にはちゃんと届いたようだった。

『こっちでの用事が終わったらすぐに帰るから』

「…うん、待ってる」

そうして、他愛のない会話を交わしながら、二人の夜は更けていった…――。













「まぁ!さくらちゃんがシンデレラを!?素晴らしいですわぁ」

翌朝さくらが代役の事を知世に話すと、その眼は途端に輝き出し、歓喜の声を上げた。

「衣装は是非!わたしに造らせてくださいね」

「ぅ‥うん、部長さんに話してみるよ」

いつもの事とはいえ、知世の勢いに圧倒されつつさくらは頷く。

そして知世はさくらに見せてもらった台本をパラパラとめくりながら、ふとある事に気が付いた。

「‥お話の最後にキスシーンがありますわね」

「うん、でもフリだよ?部長さんが相手役なの」

さくらが肩を竦めながら答える。
知世は楽しそうに笑って、

「ほんとにしてしまうことがあれば、李くんが黙っていませんわ」

「…ほぇ?」


さくらは知世から台本を受け取りながら、ドキッと心臓を鳴らした。



「木之本さん」

突然名前を呼ばれて、さくらは驚いて身体を震わせる。
聞き覚えのある声に振り返れば、そこには演劇部の部長が片手を上げてこちらを見ていた。

「部長さん!?」

さくらが慌てて頭を下げると、部長はニコリと笑い、
「そんなにかしこまらなくていいよ!迎えに来たんだ」

「ほぇ?…あ!もうそんな時間ですか、すみません…っ」

さくらは教室の時計に眼をやると、急いで身支度を整え始めた。


「じゃあ知世ちゃん、また明日ね!」

「えぇ、頑張って下さいね」

知世が笑顔で答えると、さくらはパタパタと部長の元へと走り、そして二人で体育館に向かい始めた。

「そんなに急がなくても大丈夫だよ」


「……………」

遠ざかっていく部長の声を聞きながら、知世はその姿を訝しげに見つめていた…―――。







「台詞は簡単なものだからすぐに覚えられるよ!」

「はぅ〜…、緊張する」


さくらが台本を握り締めると、部長はニコニコと笑いながら、

「木之本さんなら大丈夫、可愛いから立ってるだけでも充分だよ」

と、その背中を押した。

「そ、そんなことないです」

さくらははにかむように笑い、照れた仕草を見せる。

「…‥」

そんなさくらの姿を見て、部長の頬が微かに色付いたことにさくらは気が付かなかった…――。


「さ!練習しよう」

部長が声を掛けると、さくらは勢い良く返事を返して、壇上へと上がった。

「は…はいっ!」


そして、二週間に渡る稽古は毎日続いた――――。
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