*novel*

□*シンデレラのくちびる*
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二週間後、紫陽花祭りは予定通り行われた。
つい前日まで降り続いていた雨は見事に上がり、久々に顔を出した太陽は、雨露に濡れる紫陽花たちをキラキラと照らしていた。

そして色々な出店が列ぶ中、さくらを含む演劇部たちは午後の公演に控え、慌ただしく準備に取り掛かっていた。


「さくらちゃん」

さくらが荷物を運んでいると、突然名前を呼ばれて、さくらは首だけを動かして振り向いた。

「あ、知世ちゃん!」

知世の姿が眼に入るとさくらは笑顔を浮かべ、一度荷物を置いた。

「忙しそうですわね」

「うん、なんか朝からバタバタしちゃって‥」

さくらは首に掛けていたタオルで汗を拭いながら、頷く。

「今日は月城さんとお兄様もいらっしゃるそうですわ」

「え!お兄ちゃんも来るの!?」

それを聞いてさくらがガックリと肩を落とすと、知世はふわりと笑いながら、

「さくらちゃんの晴れ舞台ですもの、わたしもばっちりビデオに撮りますわ」

と、ハンドバッグからビデオカメラを取り出した。

「はぅ〜…」

「衣装も間に合って良かったですわ」

知世は満足そうに言って、さくらをレンズ越しに覗く。
「うん!ほんとにありがとう、知世ちゃん」

さくらが笑うと、知世も眼を細めて、

「さくらちゃんが一番可愛く見えるように造りましたから」

と、頬を染めた。



「木之本さーん!ちょっといいかな!?」

演劇部員の一人に呼ばれて、さくらは慌てて荷物を持ち直した。

「はーい!じゃあ知世ちゃん、後でね!」

「楽しみにしてますわ」

知世が手を振って見送ると、さくらは荷物を抱えながら、部員の元へと駆け出した。












「うぅ‥緊張してきた」

さくらは舞台の袖から客席を見下ろしながら、その人の多さに心臓はうるさく鳴り響いていた。

百人程度が入るホールは、全て満席で立っている人もちらほら見える。

知世お手製の衣裳を身に纏い、さくらは深呼吸を繰り返した。

「大丈夫?木之本さん」

ぽんと肩を叩かれ、振り返ると王子の衣裳に着替えた部長が心配そうにさくらを見つめていた。

「だ、大丈夫です!」

さくらが引き攣った笑顔を見せると、部長は苦笑して、
「そぅ?リラックスして、頑張ろうね」

「は‥はい!」

やがて、開演のベルがホールに響いた。









「あ、始まるね」
ホールのちょうど真ん中の席を確保した雪兎は、カメラを持ちながら隣に座る桃矢に話し掛けた。

「でも演劇部じゃないのに主役に選ばれるなんてすごいね、さくらちゃん」

雪兎の言葉に、桃矢は何も言わずにそっぽを向く。
雪兎は楽しそうに笑って、

「ほんとは嬉しいくせに」

と、耳打ちすると桃矢は、

「…うっせ」

そう一言吐き捨てた。






舞台は何事もなく順調に進み、物語は終盤の見せ場に差し掛かっていた。


『では早速城へ戻り、シンデレラとの結婚式を執り行おう!』

王子が声を上げると、舞台は暗転し、場面が切り替わった。


この時王子役の部長は、迫るその瞬間に身体を震わせていた。

(も、もう少しで木之本さんと…っ!)


そして舞台は結婚式の場面に変わり、真ん中にさくらと部長が向かい合わせに立ち、誓いの言葉を並べる。

『私はこのシンデレラを一生涯愛すると誓う!』

『わたくしも、誓います』

『…それでは、誓いのキスを』
と、牧師役の部員が言うと部長はさくらのベールをめくり、その肩にそっと触れた。

そしてお互いの顔がゆっくりと近付くにつれ王子の腕はカタカタと震え、額からは汗が吹き出した。

(遂に、遂に……木之本さんと……っ)


そう意気込んで部長が更に顔を寄せた瞬間、さくらは反射的に身の危険を感じて、離れようと身体に力を入れた。

「ちょ、ちょっと待……っ」

そして客席で観ていた桃矢も思わず立ち上がる。

「あいつ!ほんとにやるつもりじゃねぇだろうな!」

しかしそれと同時にホールの扉が勢い良く開いて、観客だけでなく、演じていた部員たちも扉に視線を向けた。
部長も驚いて、ア然と扉を見つめる。
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