*novel*
□*Birthday 4/1*
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次元を渡る。
羽を目指して、何も視えない眼に、それを映して。
【躯の記憶】
裂け目から体を出して新しい世界に降り立てば、そこはおれが来る前に既に惨状となっていた。
天災でも起きたのか、あたり一面が瓦礫の山で、至る所に火の気があった。
そして、これまた至る所から聞こえてくる、声。
痛い、苦しい、助けて、誰か…
動けるものは皆一様に駆け回り、声を張り上げて瓦礫の山からかろうじて生きている人間を助け出そうとしている。明らかに系統の違う服を着ている小狼を咎める余裕も無い。
ぽう、と羽根を捜そうと思った小狼の蒼い右眼に光が灯る。
もう動くことの無いであろうヒトの体や崩れたコンクリートの上を歩いて進んで行く。
時折、手を貸してくれ、助けて、などと声をかけられるが、気にしないで、進む。
「…この世界に羽根は無い」
なら、この世界に留まる理由も、無い
そう思って次の次元に行こうとした小狼だったが、ふと、視界の隅に人だかりが映る。
泣き叫ぶ女の声も聞こえた。
よく見ると、一人の幼い少女が瓦礫の中に埋まっていて、僅かに肩までがのぞいていた。
叫んでいるのは母親で、周りの男達はあの少女を助けようとしているのだろう。
何となしに眺めていた小狼だが、つい、と少女の抱いているものに目を奪われる。
…白い、クマのぬいぐるみ
片耳は焦げ付いていて、所々血が染みて赤く濡れていたが、ボタンでできている黒く丸い目が、小狼をじっと見つめていた。
−−−−ピシッ
「……っう、く…」
とたん、頭が電流が走ったように痛み、思わず両手で抱え込む。
そして、一瞬よぎった、月夜の笑顔。
幸せそうに微笑んでいる、夢のような瞬間。
「今のは……?」
カタカタと細かく震える手を見つめた後、小狼は再び少女を見る。
垣間見えた彼女とは似ても似つかない。
けれど、ぬいぐるみを抱く姿に、何故か重なり、在るはずもない心が震える。
「崩れるぞーーー!!」
はっ、と顔を上げると、瓦礫の山が崩れかかってた。
このままでは2次災害だ、と叫ぶ男達は逃げ、少女の母親も数人の男に引きずられるように娘の許から離されていた。
巨大な瓦礫が崩れてきた。女の甲高い悲鳴が響く。
気付いた時には、おれは緋炎を抜いていた。
* * * *
右手に少女と緋炎、左手にぬいぐるみを持ち、立ち上がる。
言葉を無くす人々の合間を縫って母親の許へ行けば、母親は飛びつくように、娘をおれの腕から奪った。
魔法の存在しないであろうこの国で、魔力を使ったのだ。
しかも、緋炎から出た炎でコンクリートの瓦礫の山は焦げて炭になってしまっている。
恐れられるのは当たり前。
周囲の人間の視線を感じながら、ぬいぐるみに眼を落とした。汚れていてもはや白とは呼べないようなそれを見ていると、妙に胸が騒いだ。
痛むはずのない躯なのに、酷く胸が苦しかった。
けれど、それも一瞬のこと。
ポトリとぬいぐるみを地面に落とす。正確に言うと、手から滑り落ちた、と言った感じか。
羽根の無い世界に留まる必要は無い。
新しい世界に行向かう為に、道を開く。
一歩足を踏み出した時、背後からくぐもったか細い声でありがとう、と言われた。
首だけ巡らせて後ろを見れば、助けた少女が薄く笑ってこちらを見ている。
振り返って見た少女の笑顔。
それが“あいつ”に重なって、見ていられなくて、おれは逃げるように次元を移動した。
どうしてこんなことをしたのかも、分からないままに。
躯の記憶
今はもう失い 彼方の記憶
でも、心が消えても、失くしても、
忘れないものがある
『写された夢-躯の記憶-』fin