*novel*

□〜大好きだよ〜 アルストロメリア
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守りたい。

君と、君のしあわせを。



【アルストロメリア】



ざわざわと賑やかな人波を、おれはサクラと二人でゆっくりと渡っていた。



サクラは右手で外出用の黒い猫の絵が描かれている木の杖をつき、左手はおれと繋いでいる。

普段はあまり人の多い場所には連れ出さないのだが、些細なことにも鈴を転がし
たような声で笑う姿を見て、連れて来てよかったと実感した。




お気に入りの白い靴の踵を鳴らせては、クスクスと喉を震わせて、花屋で鮮やかなピンク色の花を一輪買って髪に挿してあげれば、花にも負けない笑顔を返してくれた。


似合ってる、と出るはずもない声で耳元に囁きながら大きな花びらを撫でれば、一気に赤くなった頬が可愛かった。


花屋の店員にお熱いですね、なんて言われて、慌てて店を飛び出してしまったけど。


「もう・・・からかわないでよ、小狼君」


人波に揺られながら歩いていると、隣から小さな苦情が聞こえてきた。


頬は未だに赤いまま。


繋いでいた手に力を込めると、透き通った綺麗な眼だけがこちらに向く。
お返事と言わんばかりに握り返された手の温もりが、愛おしかった。



* * * *



「あれ?兄ちゃん、今日は恋人も一緒なのかい?」


いつも行っている野菜屋さんに来ると、店主のおじさんにいきなりそう言われた。

サクラは持っていたりんごのように顔を真っ赤にさせて、おれはというと品定めをしていた南瓜を思わず落としかけてしまった。


「こんな昼間から手を繋いで買い物たぁ、本当に仲が良いんだねぇ」


他の客の対応をしていた奥さんも、豪快に笑いながら話しに加わる。


「て、手を繋いでいるのは、はぐれないようにって・・・だから、あの・・・っ!」


あわあわと弁解をするサクラを何となく見れなくて、繋いでいた手を離す。顔から火が出そうだった。


「まぁそう照れんなって。ほれ、コレおまけ」


顔を赤らめたまま買い物をすませ、店を出ようとしたら、おじさんからポンとりんごを投げ渡された。サクラがりんごを好きなのを知っていたようだ。



次も二人で来いよ、なんて店を出てからも大声で言われて、やっぱり恥ずかしかったけど、不思議と同時に笑みが零れてしまった。



* * * *



「野菜屋さんのおじさん達って、ちょっとおしゃべりだよね」


買い物を終え、日も暮れる頃にようやく家につき、中に入ると荷物を置きもしない内にサクラはぽつりとそう言った。



繋いでいた手を解かれて一人で椅子に向かい、ゆっくりと座る。

おれが開けた窓から陽射しと共に入って来た風に、細い髪と大きな花を揺らして、落ちる日の色に染められたセピア色だったワンピースは、今は燃えるような夕日色だ。


恋人と言われたのが、嫌だったのだろうか。


そう思って首を傾げると、それが伝わったのか「ちがうの、」と小さな唇から声が漏れる。
潤んだ瞳がおれを見上げた。


「次も一緒に、って言ってたじゃない?だから―――」


―――今度の買い物も、一緒に。


途切れた言葉の続きが容易に想像できて、思わず口元がしまりなく緩む。



買ってきた物を全て机の上に置き、定位置である隣の自分の席に座った。
抑え切れない想いに胸を詰まらせながらサクラの手を静かにとると、はにかむように微笑みながら、おれを見つめる。


「やっぱり、いつも一緒に、居たいから」


確かめるように、一言一言を噛み締めるように、花の蜜のような甘い声が囁く。


何だかそれ以上言わせるのが勿体なく思えてしまい、そっと彼女の唇に指をあてた。そのまま、なぞるように指を這わせれば、サクラの睫毛が小さく震えた。


左手はぎゅっと結び合い、右手は頬に移して、触れるだけのキスをする。
唇はすぐに離したが、顔はそのまま動かさずに、コツリと額を合わせて目をつむる。


あまいあまい花の香りが世界を占めた。
頬にそろりと遠慮がちなサクラの手が添えられて、その柔らかな感触に胸が震える。




こういう一瞬のことを、幸せと言うのだろうか。


「小狼君、」


ふいに名を呼ばれ、額を離してサクラを見ると、彼女は春の陽射しのように暖かく微笑んでいた。



そして、微かに触れた、互いの唇。



動いた拍子に髪に挿していた花が揺れ、淡い軌跡を描きながら落ちてゆく。
落ちた花の行く先は膝の上。



頬を染めて微笑む君に、唇を耳元に寄せて、この花の花言葉を教えてあげた。






アルストロメリア
(未来への憧れ。そして、幸福な日々)






END
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