薄桜カフェへようこそ

□一日目。開店前。
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「おい総司、看板出したか。」

鬼副店長こと土方 歳三は、信頼して居るのか居ないのか、アルバイトのウェイター、沖田 総司に確認を仰ぐ。
総司はその行動を、自分を馬鹿にしたものだと受け取り、鼻で笑う。
そして至極当然と言わんばかりに、頷きもせず顎で外をくいっと見やった。


「土方さん、僕を馬鹿にしてるんですか?
出しましたよ、ちゃんと外に。」


総司のその態度+行動に、何時もの営業スマイルは何処へやら、眉間に刻む皺の数を一気に増やす。
青筋がピキリと音を立ててしまうんじゃないかと言うくらい浮き出て居る。


「てめぇっ・・・・今日は雨降るって言ってんだろうが!外に出したまんまじゃ看板の字が流れて読めねぇだろ!」


「あーもう。オープンまですぐだってのにうるさいなあ。一君やって来てよ。」


さも面倒臭そうに答えて、自分の仕事を他人任せにする総司。
怒りを通り越して呆れる土方。自給減らすぞと言う言葉にも総司はお構いなし。
話を振られた斎藤は、淡々とした口調で返答した。



「副店長の手を煩わせるな。そして、それは俺の仕事では無い。」


目の前にある、新八が一本釣りして来た大きな魚とご対面し、包丁片手にどう捌こうかと胸を震わせている斎藤は、心ここにあらずと言った様子で、目もくれずにそう言った。
ちぇーと面白くなさそうに呟いて、総司は平助をちらりと見やった。
平助はその視線に気付いて、不自然に目を反らす。
俺はやらないからな、と口には出さないものの、きちんと意思表示をする。
やれやれ、と肩を落として大人しく看板を戻そうとその大きな扉を開ける。


店に入るまでには少し洒落た作りの通路がある。
季節毎に様々な植物を置いて、夜にはライトアップさせ、美しい風流を感じて貰う。
店での真の目的は勿論食事だが、こういった美しいものを愛でる時間と心の余裕は、常に人に持って居て欲しいと、店長の近藤は言って居た。
土方は発句には全く才能が無いが、こう言った女性を喜ばす為のスパイス作りの才能には恵まれているな、と総司は心の中で思う。
尤も、自分にもこのくらいのデザインは出来ると思ったが、それ以上考える事はせず、土方に言われた通り看板が雨に濡れない様に通路の側に置き直す。

通路の上には、美しい植物が雨のせいで台無しになったりしない様に、きちんと天井がある。
ステンドグラスの仕様になっており、朝は太陽の光で植物達がきらきらと光る。
その様はまるで人間の様に生きているかの様。


総司は外が暗くなって来たのを確認し、ライトの明るさを調節する。
暗いからと言って馬鹿みたいに明るくするのはナンセンス。
暗い時に浮かぶランタンの様に、少し暗めで、それでいてその存在を揺るがす事のない明るさが、一番ムーディで妖艶さを醸し出すと思った。
確かに店内がとても雰囲気のある上品なお店だとは、総司は毛ほども思って居ない。
居るのは神様と鬼と馬鹿と酔狂とホスト。それから格好良すぎてどうしようもない自分。
こんな人が集まれば、上品なお店なんて目指した所で作り上げられる筈が無いと、総司は嘲笑する。
店に入る前の少しの余興と本番は全く違うものなのだから、そんなギャップを作るくらいなら最初から居酒屋の様な場所にしてしまえば良いのに。
だけど近藤はこれで良いと言った。
そして実際にこの店は売れている。
そんなギャップを感じる様な鋭い感覚を持った人間等この店には来ないかと、総司は興味なさげにくだらない自問を止めた。
近藤さんが喜ぶのならそれでいい。


店内に戻り、土方の視線を受け流し、やって来ましたよと肩をわざとらしく下げる。
土方ははあと深く溜め息を吐き、時計を見やる。
そろそろ営業スマイルを顔に張り付けるかと、緩めて居たネクタイをきゅっと締める。
平助もそれを見て自分の服装の乱れを直す。
ベストを着直し、髪に付いたワックスが塊になっていないかを再度鏡で確認する。
総司は確認など必要無いと、ルーズに肌蹴た首筋を隠す事もせず、淡々としている。
ふいに遠くから小さな音が聞こえた様に感じた総司は、視線を音の方へと向ける。




「あ・・・・常連さん、一人ご来店でーす。」




その言葉に、店内の雰囲気はガラリと変わる。
気付けば総司はドアを開け、その常連客を出迎えるべく歩き出して居る所だった。


お店の開店時間まで、あと15分。




一日目 開店前END.

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