黒執事短編集

□その執事、翻弄。 ☆
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深夜、私とセバスチャンさんはこうして時々体を重ねる。
坊ちゃんが深い眠りに堕ちてから、セバスチャンさんはセバスチャンさんの、私は私の仕事を終えてから、セバスチャンさんの部屋で互いを求める。
いいえ、互いなんて表現は違うかも知れない。
何時だって私ばかりがセバスチャンさんを求めている。
こうして体を重ねている時だって、いつも私ばかりが高みまで上り詰めさせられて、終わる。

セバスチャンさんは軽々と私を持ち上げて、窓の淵に座らせる。
首に薄い唇を滑らせてなぞられる。
それだけで私はどうしようも無い程に感じ、声を上げる。
セバスチャンさんの細い髪の毛に手を入れ、軽く掴む。
細く長い指が、私をゆっくりと溶かして行く。
セバスチャンさんは気付いた様に手袋を外し、真っ黒な爪と大きなタトゥーを外気に曝した。
私は、背筋がぞくりと、何かが走るのを感じた。


私はセバスチャンさんが好きで堪らなくて、使用人同士がこんな関係になってはいけないと分かって居ても、抑え切る事が出来なかった。
セバスチャンさんは優しいから、こうして私の我侭を聞いてくれて居るだけかも知れない。
だけど今は、こうして触れて貰える事がとても嬉しいから、何も言わない。
だけど何だろう。こんなにも嬉しいのに、何か心の真ん中にぽっかりと穴が空いて居る様な虚無感。

そんな事をぼんやりと考えて居ると、セバスチャンさんは私の目を見据え、何かをした。


「・・・・ッア!!」


「・・・・何を、考えて居るんですか?」



神経が溶かされて行く気分がする。
頭から始まって全身に電気が流れて居るみたいで、どんどん思考回路が閉ざされて行く。
いつもこうだ。私が不安を感じて居ると、それすらも感じさせない様にわざと強く、私を抱く。
だけど、彼が自ら私に溺れる事は無い。

私一人がこんなに感じ、これ程にセバスチャンさんを欲し、一人果てる。
もしかしたら、さぞ哀れな女として、あの紅茶色の目に映って居る事だろう。
意識すらもセバスチャンさんにコントロールされて、私は薄れ行く、だけどあと僅かに残る理性を働かせて、小さく言った。


「好き、です。セバスチャンさん。」



口の端を上げて、それを私が確認した途端に私を食し始めた。


本当はこんな事すぐにでも止めて、一度話し合いをするべきなのかも知れない。
私は自分の気持ちをセバスチャンさんに言うけれど、セバスチャンさんはただいつもにっこりと笑うだけ。
そして、こうして私を抱くだけ。
もしかしたら私の事は、ただの、少し気に入っている後輩程度にしか思って居ないのかも知れない。
だけどそれを確かめるのも、この心地良い時間を手放すのも恐い。


私はもうセバスチャンさん無しではおかしくなってしまう程に、彼の色に染め上げられて居た。
坊ちゃんの仕事で、何処か遠い場所に行く時、私とセバスチャンさんは離れ離れ。
たった一週間ですらも、気が狂いそうになってしまった。
自慰だってした。
だけど、そんなものでこの気持ちを抑えられるくらいのものなら、あそこまで仕事が手に付かなくなったりはしない筈だ。



もう指にすら力が入らない。
この細い体の何処にこれ程の力があるのか分からないけれど、私はもう中毒者の様に全てをセバスチャンさんに預けて居た。


月の光が窓から差し込んで、セバスチャンさんの綺麗な顔に、スポットライトの様に当たった。
全てが妖艶で、息遣いですらも何かのハーモニーの様で。
彼の吐いて居る二酸化炭素が、甘美な麻薬の様に私の呼吸器官に入り、脳から全てを侵食し、中毒者にさせる。

意識が遠退くのを感じながら、必死にセバスチャンさんにしがみ付いた。
どうか、この想いがセバスチャンさんに届きます様に。
そして、いつかは聞きたい。彼の口から、私の為だけの愛の言葉が囁かれるのを。



(確かめる事が、何を意味するのか、私は知らない。)



END.2010.7.19

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