太陽系の王様 THE KING OF SOLAR SYSTEM

□プロローグ
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 裏世界は、表世界の“とある一人の人間の中”に生まれた。


 次第にそれは大きくなり、やがてはその人間を食い尽くした。
 自らを媒体として成立したために、裏世界から出られなって寂しく思ったその人間は、表世界からかつての友二人を裏世界に取り込んだ。
 紆余曲折の末、その人間の友であった男女は、アダムとイヴのように裏世界の核心に迫って、独力で表世界に帰ってしまう。

 嘆き悲しんだその人間は、裏世界で不死身になるように自らをデータ化し、その後いつの間にか裏世界に他にも人が生まれ、それぞれの文明を築いていった。
 時を経て、次々に出来た国々は戦争や、その厳しい気候によって興亡を繰り返す。

 そして―――今のような十国に落ち着き、互いの国を高め合っている。

 表世界と同じ年に、似た出来事が起こっているのは、偶然ではない。

 二つは相反する世界であるが故に、互いに影響し合っているのだ。





                        『歴史ノ書』冒頭の言葉より抜粋








 プロローグ『鳥籠ろうや』





「・・・・・。」
 所々破れたボロボロの布を纏った少年が、高く積まれた石の壁を背にして蹲っていた。
 ふと正面を見ると、固く閉ざされた鉄の扉があり、辺りには手を軽く乗せるだけでギシギシと軋むベッド、埃の溜まった木製の机と椅子――そして、冷たい石畳の床と壁があるだけである。
 ブルブルッと少年は身震いした。
 石の壁には微かな隙間がたくさんあり、風が吹き込んでくる上に、一年中冬のような土地なので時折雪が入ってくることがあった。

(寒い・・・僕、どうしてこんな所にいるんだろう)

 少年はその汚い牢屋に物心もつかないうちに入れられてしまっていたのだ。
手を動かす度に、チャラチャラと壁に繋がっている鎖が音を立てる。

(まるで、僕は植物人間だ。―――いや、僕は植物なんかよりも “自由 ”じゃない。ただ・・・・・生かされてるだけ)

 少年には、もう自分が人間なのか、はたまた生きているのかそうでないのかさえ、疑えてきた。
「 “僕”は誰なんだ・・・?」
 泣くような声で、無理矢理言葉を絞り出す。






「なァ」
 鉄の扉の向こうで、見張りの兵士の一人が言った。
 隣に立っている兵士が振り返って、「何だ?」と問う。
「この中にいる奴ってさ、ガキなんだろ?魔力強いのか?魔法壁張るくらいにさ」
「前に聞いた。・・・・入って一度も、少しもメシ食わなくても、ヤセたりしないんだと」
 うわ、気持ち悪い。本当にオレらと同じ人間か、と牢屋の方を見遣った。
「でもなあ、俺にとって“魔力持ち”自体が異質なんだよ」
「あ、オレもオレも!確かにそう思う。民草の中じゃ、魔物や怪物だって説があるくらいさ」
「魔法使えんだし、変身しててもおかしくはないんだよな。でも一般市民からランダムに生まれる辺り、自分の先祖が“魔力持ち”ってのが存在するし。それは置いといて・・・・・こんな話も聞いた。コイツは主のご子息で―――」
 一方の兵士はこの任に着いて五年、もう一方の兵士は先月転任してきたばかりであった。二人共黄色のラインが付いた緑の制服を乱れなく着こなしている。
 彼らは、軍のトップエリートだ。
 極めて優秀な兵士がわざわざ選抜されて、こんな見張りに任じられるのは変であると言う者も多かったのだが、これからはそう批判する者もいなくなるだろう。
 なぜなら。
「直に、死刑になるそうだ」
 鉄格子の牢屋ではないけれど、扉も、石の壁も厚いわりに、中まで二人の兵士の
声はしっかりと届いている。文字や言葉を特別習った訳ではないが、自然と会話の
内容を理解することは出来た。
(・・・・・・・・・・。)
「じゃあ、この任務は終了ってこと?」
「まあ、そうなるだろうな。お前、―――来たばっかでまた人事異動ってのはどうかと思うけど―――、どうするつもりだ?」
「どうするつもりって・・・・人事異動を了承するに決まってるじゃないか。そんなこと聞くからして、そっちはやっぱ違うの?」
「ああ。地方に戻る。この任務、単純なようで結構病んでくるんだ。常に地下で、何にもすることが無い。それを交代制無しに五年だ。確かに人選は間違ってないと思うな。一般兵じゃすぐ死ぬ」
 狂ってきて、挙句の果てに自殺。
 山を越えて慣れてしまい、今ではどうってことない彼だが、それは自身にも起こり得ていたことだ。
 なるほど、ともう一人の兵士はそれに同意する。
「・・・・・・死刑って、言ったよな」
 そして再び、牢に目を向けた。

 少年は、今の状態は死んでいるのに等しい、そう思うと別に大して“死ぬ ”ということに恐れを抱きはしなかった。
 兵士達に何を言われようと、どうでも良かった。

 ・・・・ただ。


 ただ、もし―――生きていいって、必要だって言われたら・・・生きていたい。


 生きていても、何も出来ない。出来はしない。
 ただ、本当にただ生きるだけ。
 いずれ来る、寿命が尽きるその日まで。


 生きることへの渇望には、論理的な理由は無かった。ただ単に、身体が、心が、もしくはそれ以外の何かが、深くそれを望んでいた。
 ・・・・・でもそれも、終わる。


 新米の兵士が「十四年も生かしておいて、今更って気はするけど・・・可哀相なもんだな、コイツもさ」と言うのを上の空で聞き、少年は自らの膝を抱える手に力を込めた。
 

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